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ノックの音。叩き方の特徴から誰かすぐに分かる。だから、今度は返事をする必要もない、そう思った途端、ドアが開き、水野が入ってくる。
「ぃーっす」 「おぉ」 いつもどおり、遠慮ない素っ気ない挨拶の間に、電話で話しながら目礼する悠斗に気づき、 「ぉ」 短い小さい声だけを悠斗にかけて、水野は僕に向き直った。その目つきから言われることが想像できて、僕は先にため息をつきながら、イスに腰掛けた。水野は、何も言わず、肩で一息ついてから、部屋の隅に置かれた小さな冷蔵庫から、栄養ドリンクを3本取り出し、一本は電話中の悠斗に渡す。電話をしたまま受け取り、何度か頭をさげた悠斗。水野は僕の方に近づき、向かいのイスに腰掛け、僕に向かって栄養ドリンクの一本を、テーブルの上を滑らせてくる。 「・・・ったく、ひどいカオしてんな~」 ドリンクを受けとったものの、ふたを開ける気にはなれず、二つ並んだケータイの隣に立てる。 「飲めよ。」 「いらないよ」 「ひどいカオしてるって」 「でも舞台はちゃんとできる」 「そんなことは分かってるよ。お前が仕事をちゃんとすることくらいは。お前自身のために言ってんだ、飲んどけ」 「・・・」 「どーせ寝てもないんだろ?飲んどけよ。心がそんだけ落ちてるときに何にも頼らずに、回復できるほどには、もう、若くないんだぞ?」 一言多い。もう抵抗するのも面倒で、僕は手に取り、ふたを開け、目をつぶって一気に飲み干した。 ・・・よし、これで、心と体中に元気がみなぎって、、、くるわけ、ない、よな。。 空き瓶にふたをもう一度閉め、テーブルの上に置こうとして、ケータイが一つ消えてることに気づく。見ると、水野が手にとっていた。ピンクのケータイ。蒼夜の、ケータイ。水野は、電話で話し続けている悠斗を少し気にしながら、小声でポツリと言う。 「・・・蒼夜、俺が出るときに帰ってきたよ。玄関ですれ違った」 僕はもう一度目を閉じる。朝帰り。大樹とずっといたんだろう。ずっと。朝まで。深呼吸して心を整えようとするが、もちろん、うまくはいかない。 「目も合わさずに、一言も話さずに、2階にあがってったんだ。・・・・こんなときさ~、にわか父親はナサケナイことに声もかけられないんだよな。でも、まあ、蒼夜の様子から、、、お前と仲直りしたんじゃないだろうとは思ってたけど。お前のそのカオ、ここにあるケータイ。・・・まだ、蒼夜と話してないんだな?」 まだ。というよりも、もう。 そんなことポツリ思っていると、電話を終えたらしい、悠斗がこちらに近づいてくる。 「今夜、了解です。昨夜みたいに、駐車場の俺の車で、待たせとくんで、終わったら、一緒に駐車場行きましょう。それでいいですか?」 楓の話。もちろん、異論はない。僕がうなずいて、答えようとする前に、水野が、僕と悠斗を見比べるように見ながら、 「え、テツヤお前、今夜また、あの子と会うのか?」 少し慌てたように聞いてくる。 「ああ。なんか問題でも?」 「あぁ、、だってさ、、」 水野は、悠斗を気にする気配を示すから、悠斗が、気を回して、 「あ、俺、外しましょうか?」 なんて聞いてくる。でも、僕はそれを制した。 「いや、いろよ。気になるだろう?彼女の話なんだ。なんだよ、水野、言えよ」 水野は、もう一度悠斗を気にしたが、聞いておいてもらったほうがいいとでも判断したのか、話し始める。話し始める一瞬前に、顔つきが変わる。俺の親友・水野から、俺の事務所の社長・水野に移行した証拠だ。分かりやすくていい。 「彼女の存在を受け入れることは、、リスキーだよ。また大スキャンダルになる」 『隠し子』。そんな言葉が踊るスポーツ新聞の見出しが思い浮かぶ。だけど、僕は、鼻で笑って、 「そんなこと、別に気にしない」 水野は、僕の反応なんてお見通しだったように、ため息をついて、 「お前は気にしないかもしれないけど、こっちが大変なんだよ」 「それが仕事だろ?フォローしてくれよ。別に、犯罪をおかしたわけじゃないんだから」 「簡単にいってくれるなぁ。」 「大体、そんなこと気にして、受け入れずに無視していいことじゃないだろう?彼女のコトは。子供なんだぞ?・・・なあ、ほんとは、何考えてる?」 「・・・・」 俺の言葉に、黙った水野は、また、少し悠斗を気にしてから、 「なんだよ?」 「その子の、、楓さんっていったっけ?楓さんの目的が、・・・はっきりしないだろ?」 「目的?」 解せない僕と違って、悠斗が、さすがだと感心するしかない素早さで、瞬時に反論する。 「水野さん、楓が、、、お金目的だとか、そういう意味でおっしゃってるなら、楓は決してそんな人間ではありません」 悠斗の答えを聞いて、なるほどそういうことか、と思う一方、よくもまあ、そんなことまで頭がまわるなあと、水野にまで感心する。 「いろいろ、考えるなぁ・・・」 「お前が考えなさすぎなんだよ。スターな自分を自覚しろ」 「スターねぇ。。」 僕の言葉に、水野は小さなため息をくれてから、悠斗に、 「どんな子?」 「イイ子です。サイコーです」 張り切って答える悠斗に、 「今の子は、語彙が貧困だな~」 あきれたようにいう水野。 「何言ってんだよ。十分じゃないか。サイコーにいい子。恋人がそういってんだぞ?間違いないよ」 悠斗にうなずきながら、いう僕に、 「バカ。恋人が言ってるだけなんだぞ?フェアな判断じゃないかもしれないだろ?」 あきれたようにいう水野。 「今夜会うなら俺も立ち会っていいか?」 「断る」 「なんで?」 「あのな~、彼女にとって僕は、22年間、彼女の存在に気づきもしなかった、これ以上ないくらい頼りない、父親なんだぞ?この上、保護者同伴で会うなんて、そんなみっともないことできるかよ」 「ちゃんと、断れるのか?」 「何を?」 「無理な要求されたときにだよ」 「楓はそんなことしませんって」 割って入った悠斗には悪いが、とりあえずの仮定を飲み込んで、 「大丈夫だよ」 「ほんとかよ?」 「なんでそんなに気にするんだ?」 「お前は、ほんっと、弱いからだよ。ハタチそこそこのオンナに」 「は?」 「言いなりになりすぎるからだよ。相手の気持ちばっかり考えて、自分を押し通そうとしないからだよ」 「なんの話してる」 「ユーコちゃんが、去ったのも、21かそこらだったろ?しっかり探すこともしないであきらめた」 「あれは・・・」 「そして、蒼夜」 水野は手に持ったままの蒼夜のケータイを眺めながら、 「また、あきらめようとしてる。いや、もうあきらめたのか?」 「・・・・」 「連絡が取れてないなら、なぜ、朝にでも、俺に蒼夜のこと確認しない?」 「・・・蒼夜とは、もう、終わったんだ」 「碓氷さん?」 驚いたように言う悠斗に横顔のままただうなずいて、唇の端をあきれたようにあげた水野に、 「蒼夜は、これからは、大樹と付き合うことになるはずだよ。」 「大樹?」 「昨夜会ったろ?彼だよ。お前も気に入ってたじゃないか」 「・・・蒼夜とちゃんと話したのか?」 「大樹と話したよ」 「・・・・ほんとにそれでいいのかよ?」 「・・・・ああ。だから、そのケータイ、蒼夜に返してやってくれ」 水野は、何かいいたそうに、蒼夜のケータイを見つめていたが、もう一度あきれたようにため息をついて、 「な?ハタチそこそこのオンナ相手に、頼りないテツヤ、、だろ?」 「楓は、無理な要求なんてしませんて。ただ、」 言いかける悠斗を手で制して、 「だいじょーぶだよ。彼女は、、別に恋愛相手じゃないから」 「ぜんっぜん説得力ないけど?」 水野は呆れ声でそういってから、 「ま、いいや。ひとまずは、悠斗君を信用してみるか」 『悠斗君を』その部分に力を入れてそう告げてから、水野は立ち上がる。 「どうだったか、ちゃんと報告しろよ?」 「・・・分かってるよ」 蒼夜のケータイをポケットに入れながら、 「そうだ、突然あの年頃の娘が出来る先輩として一言アドバイスいいか?」 千夜に突然自分が蒼夜の父親だと告げられた水野。ならではの助言があるなら是非聞いておきたい。 「ああ」 身を乗り出した僕に、水野は、 「娘の交際相手は、しっかり吟味した方がいいぞ」 ・・・・くそっ。 返す言葉がない僕ににやっと笑って、水野は悠斗にも目を移した。悠斗は僕を見て、 「いえ、俺は、ほんとに楓のコトを大事にしています。・・あ、あれ?いえ。。」 『俺は』そう言うことが僕をオトスことになると気づいた悠斗が、水野に、 「・・・勘弁してくださいよぉ・・」 情けなく響く悠斗の声に、ははっと軽く笑ってから、僕に向き直り、 「ケータイは渡しておくよ。・・・ま、蒼夜の話は、また改めてな。2人とも準備急げよ?」 水野は部屋を出て行った。 今日のゆる日記は、こちらです。バカップルにご注意ください 「box」目次1~、101~、201~(10/19更新) ふぉろみー? lovesick+も、がんばって更新中。10/18 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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