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「もうそろそろですね」
悠斗が運転席から、声をかけてくる。 「ああ、ありがとう」 僕たちが話している間、運転してくれていた悠斗に、ねぎらいの言葉をかける。言われるまでもなく、僕には分かっている。見慣れた景色。あの場所が近づいている。 ・・・ユウコと、出会った場所。 「どこ?」 隣に座った楓が首を傾げて聞いてくる。少し不安げに。 「君のおかあさんと初めて会った場所だよ」 気づけば、限りなく優しく語り掛けている僕。 ・・・まるで幼い娘に、幼い我が子に話すように。 それでも、決して幼くなどない楓は、穏やかに微笑んで、もう一度、その黄色い紙片を手に取る。 「これが、おとうさんと、おかあさんを繋いだ場所・・」 『おとうさん』。自然と口に出されるその響きに、なんともフシギな気持ちが胸に広がる。そうだ、僕は、父親なんだ。 「楓」 僕は、楓に、呼びかけた。初めて、父親であることを自覚して。 これまで、どれだけ、ドラマや映画で『父親』の役を演じてきただろう。だけど、これほど、愛しい思いをこめて、そのつかの間の我が子の名前を呼べたことはなかった。 楓。 ただ、口にするだけで、胸の奥が泣きたくなる程に締め付けられる。 ユーコが遺した名前。 その意味が、僕には、分かる。 その意味を、僕は楓にうまく説明できるだろうか。 あの待ち合わせの旅行社のポスター。 ポスターの構図にいつも大きく添えられたカナダのメープルリーフ。楓。 待ち合わせるたび、二人でそのポスターを眺めた。 『いつか一緒に行きたいな』 まだ、駆け出しで、お金も地位もない、ただの役者の卵だった僕の言葉に、太陽のようににっこりと微笑んでくれたユウコ。病に侵され、そんな日が来ることがないことを、彼女は知っていた上で、それでも、あんなに温かい笑顔を浮かべていたなんて。 ユウコと別れた後、皮肉にも、僕は、一本のドラマに出ることになり、それが当たったがために、仕事が続き、今もこうして確固たる地位を築くことができている。ユウコといた頃は、さっき見せられたようなネックレスなんて買ってあげる余裕などなかった。ユウコがいなくなったあと、手にした大金。それを使って、一人で、カナダに感傷旅行にいったっけ。そして、そこで、出会った、大きな蒼い色の夜空。 ・・・・蒼夜。 それが、蒼夜の名前の由来になったんだ。僕は頭を振る。蒼夜のことを考えちゃだめだ。今は、楓に集中しなくては。22年も存在に気づくことすらなかった僕の娘。ユウコが、僕の夢を尊重して僕の前から立ち去り、文字通り命がけで産んだ娘。 「はい」 楓が僕の呼びかけに返事をする。僕を見上げるイノセントな瞳。僕は、尋ねる。 「僕は、君のために、何かをしていきたい。今さら、なんだと思うかもしれないけれど、ユーコの分まで、僕は、君に何かしたい。父親らしいこと。だけど、、どうしたらいいか・・まだ、何も思いつきもしないんだ」 およそ、父親らしくもない発言に、楓は穏やかに微笑んで、 「そんなこと、なにも望んでいません。ただ、お父さんって思える存在がいるだけで十分。」 「いやいや、僕だって、それなりに父親らしいことをさ~、、たとえばさ~。」 といっても何も思いつけず、その時脳裏に浮かんだのは、さっき水野がしてくれたアドバイス。 『娘の交際相手は、しっかり吟味した方がいいぞ』 不甲斐ない僕へのイヤミをたっぷり含んだ言葉。僕は思わず、悠斗を見てしまう。さっきは様子がおかしかったが、どうにか普段の表情に戻ったらしい悠斗とミラーの中で目が合う。 「ちょ、なんで、こっち見るんですか?」 素直な焦りが、かわいいな、悠斗。ついからかいたくなる。僕は笑って、 「水野も言ってたろ?なんていっても大事な娘の交際相手だからな~。」 「そんなとこから父親業って、、勘弁してくださいよ。」 「はは、冗談だよ。・・・、悠斗はボクと違って信頼できる。」 僕の言葉が、どうやら感傷的に響いたらしい。ミラーの中の悠斗と隣の楓の空気が変わる。先に口を開いたのは、楓のほうだった。 「・・おとーさん、蒼夜さんと、、、昨夜、あのあと何かあったの?」 心配げに聞いてくれる楓。途端に自分が情けなく思える。もっと。もっと。ナサケナイ僕はどうしようもなくふざけた口調で、 「ん~、、娘に、恋愛関係のこと心配されるのも。。」 そういうと、楓は、少し表情を落として、 「ごめんなさい、出すぎてるかな、私」 しょげたようにいう楓に、少し焦って、 「いや、そんなことないんだよ。何でも言ってくれたらいい。でも、ほら、なんていうか、蒼夜の場合、、蒼夜のほうが、きみより若いから、、余計になんとなく、、」 うまくいいあらわせない僕に、楓は、さらに沈んだ表情で、 「・・・だけど、私のせいで、、」 「いや、楓のせいなんかじゃない。不甲斐ない僕のせいだよ。だけど、これで、よかったんだよ、その方が蒼夜のためになったと思う」 ・・・そう、大樹は、ずっと蒼夜に似合うと思うから。 楓は、何かいいたそうに、少し口を尖らせたが、それ以上は何も言わないうちに、悠斗が、 「着きましたよ」 と車を停めた。悠斗は続ける。 「2人でどうぞ。オレ、ちょっとここで待ってます。」 「悠斗?一緒にきてくれないの?」 楓が少し、フシギそうに不安そうに尋ねる。 「具合悪いのか?」 さっきのことを思い出して僕も尋ねる。悠斗は、 「いえ。大丈夫です。でも、ほら、思い出の場所なんでしょ?俺なんかがジャマしたら・・」 というが、やはり、少し無理が見える。 ・・・一体・・・? 楓を見ると、少し、解せない顔をしていたが、後で、聞くことにしたらしい。そうだよな。君たち2人にはいくらでも時間がある。楓は、僕を見上げる。僕はうなずいて歩き出した。 少しずつ、その場所に近づきながら、説明する。 その場所。旅行社のウインドウの前。そのウインドウのポスターの前で、出会ったときのこと。何度も待ち合わせたこと。カナダに行く夢を話したこと。 ユーコにそっくりな楓。楓は熱心に聞いてくれる。僕も、22年の空白を埋めるように、、いや、、22年前のユーコを取り戻せるかのように、必死で話した。 そして、その場所は目前に迫っていた。僕は言う。つい最近までの僕のこと。22年間、ここに通わずにいられなかった僕のこと。 ・・・1人でよく来てた。懐かしい自分に出会うために。・・・そう、蒼夜に会うまでは。 「蒼夜さんとも、ここで?」 驚いたように聞き返す楓。 「ああ。あれもフシギな偶然だったな。・・・奇跡に近い経験だったのかもしれない。」 蒼夜を失った今となっては、その貴重な偶然をなおのことそう思ってしまう。 ユーコを思い出す、22年前の自分を思い出す、無防備な、僕の前に飛び込んできた、キラキラ光る蝶のような、蒼夜。 ・・・今は、もう、飛び去ってしまったけれど。 「・・・あ。。」 楓が、驚いたような声を出す。 「何?」 瞳を覗きこんだ僕に、楓は、無邪気な微笑を湛えていう。 「・・・じゃあ」 「・・・?」 「・・・これはホンモノの奇跡かも、ね、おとーさん。」 イタズラな瞳に、幼い頃の楓を思いやる。と同時に、その口からこぼれた言葉を頭で拾い集める。 「・・・奇跡?」 うなずいた楓が、ニッコリ笑って、指差した先には、 ・・・・蒼夜。 その場所には、蒼夜がいた。僕と楓と見比べるように見て、一瞬逃げ出すようなそぶりを見せた蒼夜。だけど、思い直したように、しっかりと目を僕に向ける。ボクはゆっくりと近づき、声をかけた。 「蒼夜・・・」 その途端、蒼夜は、少し悔しそうな顔をして、今度こそ逃げ出した。僕に背を向けて。 ・・・そうだよな。僕らは終わったんだ。だから、この反応が当たり前なんだよな。だって蒼夜には大樹が。。 そんなこと思いかけて、 ・・・じゃあ、なんで、蒼夜はココに。。。? そんな風に思っても立ちすくんだままの僕の足。 「おとうさん・・・」 楓の柔らかい声に振り返ると、 「今度は、、追いかけてあげて」 ・・・きっとお母さんも本当はそうして欲しかったと思うの。 楓の潤んだ瞳が、僕にそう訴えかけてくる。あの時離してしまった手。失ってしまったユーコ。失ってきた楓との時間。 恋人が妊娠していることにすら気づけずに、黙って手を離してしまった僕。 娘がいることすら、気づかずに、生きてきた僕。 こんな僕が、蒼夜を幸せに出来るのか、そんなこと思ってしまったことで。 僕はまた、大切なものを守りきらずに、手を離してしまっていたなんて。 ・・・それじゃ、ダメなんだ。 蒼夜。蒼夜が、ここにいたのなら、僕は、絶対に捕まえなくてはならない。 不甲斐ない僕は、せめて、あの日の僕よりは成長しなくてはならない。 そして。そうだ、もうイヤだ。もうあんな思いは。僕は、蒼夜を失うことなど。。 いつのまにか、楓のすぐ後ろに立っていた、悠斗がいう。 「行ってください。お嬢さんは、俺がしっかり家まで送り届けますよ、オトウサン」 さっきの仕返しか、イタズラ笑顔でそんなこという悠斗に、 「・・・悠斗のおとうさんは、まだ、早いだろっ。」 走り出しながら、僕は背中で悠斗に叫んでいた。 そう、走り出しながら。 蒼夜に、向かって。 今日のゆる日記は、こちらです。バカップルにご注意ください 「box」目次1~、101~、201~(10/19更新) ふぉろみー? lovesick+も、がんばって更新中。10/18 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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