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すがるような目で見つめる私に、ゆっくりと肯いてから、お母さまは、飾り棚の前に立ち、その扉を開きました。ゆっくりと近づいた私に、その場を譲ってくださるお母さま。私は、目の前に並ぶ焼き物を見渡しました。そのどれもがつややかで、きちんと可愛がってもらえているのが分かります。
・・・・それにしても、この数。 その決して小さくはない飾り棚を数段占拠しているワタシの作品たち。私が一通り見渡すのを待って、隣に立ったお母さまは、 「ここにある作品たちには、随分と癒されてきたわ」 静かな、それでいて、万感の思いを湛えた声で私にそうおっしゃってから、もう一度、棚に目を戻し、 「・・・特に、これ」 中のひとつをそっと手に取られました。私はその作品を見つめ、小さく息を吸い込みました。それは、悟を喪い、それと同時に自分すら失った私が、謙吾にムチャなワガママをいい、自分で自分を傷つけ、そして、現実に引き戻された後、フジシマくんに導かれるがままに窯に戻って、最初に作った作品でした。 当時のいろんな思いが心の中にあふれかえって、言葉を失う私に、おかあさまは小さく微笑んで、 「・・・具体的に。何があったかまでは分からない。だけど、この作者が、言い尽くせないほどの苦しい思いをして、自分を失ってどこにいるかも見えなくなって、それでも、また土に向かい合ったんだっていうことだけは分かったわ」 そう言い終えると、私を、・・・いえ、その当時の私を包み込むように見つめました。私はただ小さく肯きました。お母さまは、 「・・・大変な思いをしたのね・・・」 小さくそうつぶやいてから、もう一度手の中の作品に目をやり、 「これほどのつらい思いをしても、もがきながらでも、人は立ち上がろうとする。そのことがしっかりと刻み込まれたこの作品に、いつも、勇気をもらっていたの」 ・・・勇気。 もったいないお言葉に思えて、 「そんな・・・」 私が言いかけたとき、お母さまが、私の後ろにいる、悠斗をチラリと見て言いました。 「・・・なにか言いたそうね?悠斗」 振り返ると、悠斗は、確かに何か言いたそうな顔をしていました。それでも、 「いや・・・」 と濁す悠斗に、 「言いなさいよ、ガマンしなくていいわ」 促すお母さま。悠斗は、あきらめたように、 「じゃあ、遠慮なく言うけど」 「なあに?」 「癒しとか、勇気とか、必要なんだな~、かあさんみたいなヒトにも、って思ってさ」 悠斗のあまりに思える言葉にも、おかあさまは機嫌よく微笑んだまま、 「そうよ。あなたみたいな息子がいると、いろいろとね」 そういって、オオゲサにタメイキをつかれました。 「んだよっ。自慢の息子だろ?」 お母さまはその言葉には答えず、棚に向き直り、続いて次の作品を手に取りました。 「これが初めて出会ったあなたの作品よ。一目ぼれだったわ。もちろん、今、今の作品と並べて比べれば、あまりに素直すぎるように思うけれど、瑞々しい思いがあふれていて、そうね、なんだか、自分が忘れてしまっていたことを思い出せそうな気がしたのね」 また、何か言いたげな悠斗を、ちらっと一瞥しただけで、おかあさまは私に目を移し、ゆっくりと目を細めました。 「・・・だけど、この作品、・・・今の楓さんのお歳から考えたら、、」 私は、後を引き取って答えました。 「まだ高校生の頃の作品ですね」 お母さまは、私にその作品を手渡しました。手に取ると、それを窯から取り出した日のことがふいに蘇りました。窯のすぐ脇には、おじいちゃんがいて、フジシマくんがいて、そして、庭の隅に置いた椅子に腰掛けて、いつもどおり私を見るときだけの優しい目で、遠目に私をアマクみまもってくれていた、悟の視線。ただただ愛の中に育ち、ただただ幸せしか知らなかった、あの頃。ぐらりと揺れそうになるココロを、作品を握り締めることで、なんとか立ち直らせて、 「・・・懐かしい」 ただ、そう囁くように口にし、作品を差し出した私の手から、作品を受け取って棚に戻すお母さま。そのとき、悠斗が、小さく咳払いをしました。 「なあに?」 問いかけるお母さまに、 「なんか、俺、蚊帳の外感がハンパないんだけど」 ブツブツ拗ねた口調で言う悠斗。お母さまはあきれたように、 「それは無理ないわよ。あなたより、楓さんとは、古いお付き合いをしてきたことになるんだから。彼女の作品を通して」 そういって私を見ました。ただ静かに微笑んだ私に、同じように微笑を返すお母さまとの視線に割り込むように、悠斗が飾り棚の前に立ち、 「てか、俺にもちゃんと見せてよ。楓の作品がここにこんなにあったなんて」 そういって腰をかがめた背中に、 「あなた、これまで、全然、何も感じなかったの?」 からかうような口調で言うお母さまに、悠斗は、口をとがらせ、 「気づかなかったよ。俺、この部屋、めったに来ないし。来るとしても、早く出て行きたいって思うばっかりで」 「捨て目の聞かない子ね。ぼんやり生きてるからよ」 「るっさいな」 悠斗は子供みたいに口とがらせたまま、私の作品にやさしい目を向けました。愛おしく眺めてくれるその視線が、私の、これまでの様々な思いを癒してくれるようで、私はふっと息をつきました。しばらく大切に眺めてくれた後、悠斗は、おかあさまを振り返り、 「楓がどんなに素晴らしい人間か、母さんは納得してくれたんだよな?」 そう念を押す悠斗に、お母さまは、 「ええ、あなたにはもったいないくらいのね」 悠斗に軽くそう答えてから、また口をとがらせる悠斗にはかまわず、私に向かって、お続けになりました。 「楓さん、昨日のこと謝らせてね。・・・・本当にごめんなさい」
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最終更新日
2012.03.09 14:50:47
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