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思いがけない方向に話が進んで、俺は慌てて口を開こうとしたが、うまく言葉にならない。だが幸い、母さんは、その部分を掘り下げて話すつもりはないようで、
「悠斗の、今の仕事のこともそう。政治の道に進むのに、若いうちから顔を売っておくことは決して悪いことではないから」 と続けた。今度はすんなりと否定の言葉が口をついて出る。 「俺は、政治の道なんて」 言いかけた俺を目で制し、母さんは続ける。 「でもね。結婚となると、話は別だわ。悠斗には、婚約者がちゃんといるのだから」 「俺は、認めたことないからな?」 母さんに、というよりは、楓に、しっかりと届けたい言葉だったが、楓はきっと俺の言葉なんて必要なく信じてくれているようで、ただ静かに、まっすぐに母さんを見つめ、話の続きを待っている。 「・・・シオリさんはね、名前は伏せさせていただくけれど、大変な資産家のお嬢様で、いずれ政治の道に進むはずの悠斗のお嫁さんになるための教育を幼い頃からしっかりと受けてこられた方なの。どんなに悠斗が自由に恋愛をしようと、結婚はシオリさんと。それだけは広川家として譲れないこと。そのことは悠斗にもきちんといいきかせてきたわ。ね?」 同意を求める母さんに、俺は、 「俺は、一度も、納得したことは、ない、よな?」 しっかりと区切り区切り答える。母さんは、俺の言葉に動じることなく続ける。 「確かに、この子はいつもこんな感じだったわ。あなたのことも瑞希からいろいろ聞いていたけれど、こちらも、まだ、強硬に出るつもりはなかった。さっきも言ったように、まだ、若いから。だけど、2人でいるところをあんな形でシオリさんに見られてしまうなんて想定外だったわ。いくらなんでも、婚約者に対しての最低限の礼儀、というものがあるはずだから」 そういって母さんは俺を見て、 「あなたのお父様は、私に、あんなにひどい経験させたことなかったわよ?」 そういって笑う。その余裕をもった笑顔に俺は心底ほっとする。 ・・・母さんは、楓のお母さんに会ったことは、、ないんだな。 そんな安堵をごまかすために、俺は言う。 「認めてもいない婚約者に対する礼儀なんて知ったことかよ」 俺の毒づきにも母さんは全く動じることなく、楓に向き直って続ける。 「・・だから、なんとか、あなたはトモダチだとしてその場を治めようとしたのに、このコったら。・・・シオリさんの目の前で、結婚、なんて言葉を。なんてことをいう息子かしら、と、あきれたわ。・・・そして、それとほとんど同時に、あなたがあの作品たちの作家だと気づいた。フジシマさんに申し上げていたこと、聞いていらっしゃったと思うけれど、私、あの作品を生み出した方の作品の価値に対する態度に、少し、ものたりなさを感じていたから。・・そんないろんなことが一瞬で重なって、・・・、ついあんなに威圧的な態度を。一言口にしたら、もう止まらなかったわ。自分でもいけない、とは思ったんだけれど、引けなかったの。・・・本当にごめんなさい」 言いながら、また頭を下げた母さんに、楓は、小さく首を振って言う。 「いえ。当然のことです。・・・私、昨日、あのときまで、悠斗さんが、まさか広川家の跡取りだなんて全く知らなかったものですから。だけど、それを知ってしまえば、私のような人間が、悠斗さんと結婚だなんて大それたことだと、私もそう思いましたし、こちらに伺って、・・・この部屋で、もっと思い知っていたところですから」 ・・・ツリアワナイ・・・ 昨夜そういったのと、同じようなことを繰り返す楓の言葉に、俺は、 「何言うんだよ。楓・・」 そう言いかけると、楓は、小さく唇を噛んでから、 「本当のことよ」 そういってから、部屋中をぐるりと見渡して、つぶやくように付け加えた。 「・・・すごく、自分が場違いで、違和感を覚えるの」
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最終更新日
2012.09.18 21:45:03
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