千年も昔から。
今年は源氏物語誕生千年ということで平安の都京都はもちろんテレビ番組でも特集を放送したりしています。
私が源氏物語に初めて触れたのは中学生の時、源氏物語を漫画にした"あさきゆめみし"からでした。そこからすっかり源氏物語にはまって谷崎潤一郎訳、円地文子、田辺聖子訳の源氏を読みました。とにかく大好きなのです。それで特集があるとつい見てしまいます。
昨日NHK教育で放送されていた特番を見ました。いろんなジャンルの有名人が源氏について語っていました。
その中で印象に残ったコメントを一つ。
その女性(おそらくジャーナリストだったと思います)は源氏が大好きだったのだけどある時期ストレスに押しつぶされそうになった時源氏が恐くて読めなくなったそうです。それは"桐壺帝は桐壺の更衣の面影を追い、藤壺を愛し、源氏は藤壺の代わりに紫の上他たくさんの女性をもとめ、薫は宇治の大君の代わりに浮舟を求め…結局自分の代わりはいくらでもいて確かなものはないのではと思った。"
確かに源氏物語の中には仏教思想が流れていて決してただの恋愛物語ではありません。
だからこそ千年も読み継がれているのでしょう。
たとえ1人でも"あなたじゃなきゃだめ。"と存在を認めてくれる人がいれば生きていけるのだと思いますが多分これが難しい。
それはそう自分が思ってほしい人でないといけないから。
なんだかあらためて源氏物語について感じたので書いてみました。