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テーマ:今日のこと★☆(106276)
カテゴリ:つれづれ
日本は戦後民主主義国家として、第一条に主権在民を唱える日本国憲法を確立した。今、憲法改革案が多数評議されているが、この第一条と第十一条の基本的人権の尊重の概念は変わらないだろう。
三権分立の中の行政は議会民主制として国民の投票によって選出された議員によって運営されている。では民主主義の定義としてすべてに渡って多数決で物事が決定されているのだろうか。だとしたら少数派の人々は大多数派の意見に飲まれてしまうのだろうか。ここで上記に掲げた基本的人権の尊重が問題になってくる。明らかにこれは民主主義の精神に反する事柄であるから。生活保護制度などもまさしく、少数派の弱者を庇護する制度に他ならない。ここで考えなければならない事は、我が国の憲法は民主主義を唱える前に自由主義と平等主義を掲げていること。自由主義はすなわち平等主義といえる。ただし資本主義による貧困、格差社会を招いている現状では人権すら度々無視される傾向にあるが・・・。 話が逸れるが、日本ほど自由主義、平等主義ひいては民主主義を確立するのに適した国は世界にないと思っている。君主国家であっても、歴史上天皇が権力を横行したことはないし(周りは別として)戦国時代ですら城は取られても武士は再雇用されている。宗教をみても歴史的に弾圧はあっても(一向宗徒・キリスト教など)現在の宗教観を見ると、日本がいかに自由な思想国家か窺うことが出来る。余談だが、中国の歴史を形成した漢民族は華々しい活躍ばかりが語られているが、裏の歴史をみると、異民族を100万単位で根絶やしにしている。皆殺しである。現在のモンゴル弾圧などはごくごく一部の出来事なのである。 さて、民主主義の成れの果てはアメリカ合衆国を見れば一目瞭然である。未だに人種差別が行われているし、銃社会での無差別殺人、若者のドラッグ横行、失業率は2桁に近づき益々貧困が蔓延るようになった。どうか少子高齢化社会を迎えた日本国がアメリカの悪しき民主制度を踏襲することのないように祈っている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.11.23 19:19:21
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