おいでやす。郡山ハルジ ウェブサイト。

文明世界を離れオンタリオ州の森の中に３泊４日でカヌー修行に出ている間に、小松左京が死んだり伊良部が自殺したり世間ではいろいろあったようです。伊良部の前にはさいきんX-Japanのベーシストが自殺していて、いずれも同世代なのでちょっと考えるところがあるのですが、今日のところは忘れないうちにカヌー修行について記録しておくことにする。

ワタシの所属するアドベンチャーツアーの会社は、州内の自然公園をカヌーに乗って旅するカヌー･ツアーを催行しており、手つかずの自然の中をカヌーで旅する術を新入りのワタシに伝授するため、会社オーナー夫妻のカヌーの旅に今回同行させてもらうことになったのである。

もともと1600年代にかけてフランスやイギリスの探検家たちが大西洋からセントローレンス川を西に遡り、ヨーロッパに輸出する毛皮などを求めてさらにカナダの内陸へと探検を進めた際、この深い森の中を移動した手段は川や湖などの水路であった。特に、五大湖を通ってさらに太平洋まで横断する水路を探った探険家たちが移動に利用したのはカヌーである。カナダを学ぶ上でカヌーで旅するのは最適であるといえる。


知らない人も多いかも知れないが、ミシガン湖西岸のシカゴやスペリオル湖南西岸のミネソタ州といった内陸の土地までは日々大西洋から大型フェリーが通っている。さすがに太平洋までは抜けられないものの、アメリカ大陸の真ん中あたりまで大西洋から船だけで移動可能なのである。さらにカヌーであれば、スペリオル湖に注ぎ込む川を遡ってマニトバ州まで進める。実際、産業革命前までのヨーロッパ人とカナダ原住民との交易はカヌーを用いて水路で行われていたのである。

今回は３泊４日しかないのでアルゴンキン州立公園内の西半分4～50キロ程度をグルリと一周しただけだが、オーナー夫妻はかつて北極圏を56日間カヌーで旅したことがあるそうである。今回は３人分プラス夫妻の愛犬１匹分×４日分の食糧及び装備その他を３人で２台のカヌーで分担したが、荷物の総重量は70kgくらいになった。カヌーで移動する場合、「ポーテージ」といって、途中川幅が狭かったり水深が浅過ぎる場所で一旦カヌーを陸に上げ、次の水場まで担いで運ぶことがあるが、荷物を背負いカヌーを担いで数百mから数キロを移動するのはかなりつらかった。これが56日分の食糧と装備を積み人里から限りなく離れた北極圏を旅するとなると、その大変さはワタシには想像もつかない。


それはそうと、アメリカの自然公園に行くと、莫大な数の訪問者に対応するために奥地まで舗装道が敷かれ、たとえばグランドキャニオンの谷底にまで上下水道が完備されていたりする。一方、カナダの自然公園はというと、自然が本当に手つかずの状態で放置されている。アルゴンキン公園の場合、敷地の南端を走る東西45kmのハイウェイ沿いに電気・水道が通っているだけで、ハイウェイを離れると電気・水道はもちろん、クルマが通れる道もない。人が徒歩で通れるトレイルさえハイウェイ沿いから数キロに限られているので、公園の内部まで移動しようと思ったら、手段はカヌーしかない。

カヌーは自転車に似て、身体への負担は少ない。初心者がほぼ１日中カヌーを漕いでも腕が痛んだり疲労で参ったりすることはない。荷物4～50kgの荷物を積んだ２～３人乗りのカヌーで時速５キロくらい出る。徒歩より若干速い程度のスピードで水面を滑るように移動しながら、普段は陸上からしか見れない自然のパノラマを水上から眺めるのは最高に気分がいい。静かな水面に蓮の花などが浮かび、さまざまな水鳥のつがいや親子が泳いでいる。公園の奥地ではハイウェイ沿いと違って野生動物も人間に慣れておらず脅威を感じないのか、ビーバーやムースは我々のカヌーを見ても逃げようとしない。

キャンプは湖に浮かぶ小島や湖に突き出た岬など公園当局が指定した場所にカヌーで上陸して設営する。飲料水は湖水をそのまま使う。よほど浅く流れの少ない湖でない限り、湖水は多少濁ってはいても化学物質ゼロの清浄なものである。身体や食器などは有機石鹸を使って湖の中で洗う。小便はどこにしてもよいが、大便は公園当局が各キャンプ指定場所に作った、穴を掘った上に木箱を載せただけの簡易トイレにする。食べ物のニオイは熊などの動物を引き寄せるので、夜間は食糧をバックパックに入れて木に吊るさなければならない。かつて夜のスナックにとパジャマのポケットの中にお菓子を忍ばせて寝ていた少年が、テントの外から熊の鋭い爪で引っ掻かれて水上セスナで街の病院に運ばれたことがあったそうだ。

日が沈めば寝て、日が昇れば起きる。カヌーでの旅には時計は持参しない。夜はカンペキな闇で、360度どこにも人口の灯りは見えない。野生動物の鳴き声や風の音以外何も聞こえない、カンペキな静寂。たまに上空を飛行機が通る音を聞いて、自分が現代に生きていたことを思い出す。時々テントの周りを小動物がうろつき回る音に目を覚ますことがある。いつもの湖畔への通り道に見たことのないものが出現して、様子を伺っているのだろう。


唯一の難点は蚊やアブなどの虫である。日頃毛皮の生えた野生動物の血を吸っている連中なので、ジーンズのような厚手の生地の上からでも平気で刺してくる。さいわい日本のハエや蚊と違って動きが鈍いので手で叩くとほぼ百発百中だが(笑)、両手がふさがっているポーテージの最中に刺されると払うにも払えず、刺された後は掻くにも掻けず(笑)、かなりツライ。虫除けでかなり対処できるが100％とはいかないので、ゴアテックスのような生地で全身を包まない限りアブや蚊に刺されるのは避けられない。

あと、今回は幸い連日好天に恵まれたが、風雨にぶつかったカヌーの旅はあまり愉快なものではないだろう(笑)。カヌーは波に弄ばれ、舟体の底に溜まっていく雨水がさらにカヌーのバランスを崩す。下手をしたら湖の真ん中で転覆するかも知れない。無事目的地に到着した後も、風雨の中でのテントその他の設営は泣きたくなるくらいツライだろう。また風雨の中ではカヌーで移動も出来ないので雨が止むまでテントの中でゴロゴロするか、雨に打たれる湖面でも眺めているほかない。この辺はちょっと登山に似ているか。

自分専用のパドル(櫂)も購入したことだし、蚊やアブなどが下火になる時期を見計らって、長期天気予報を確認した上でまたカヌーの旅に出てみようと思う。