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カテゴリ:マラソン/山/トライアスロン
ところで、夜の間ランナーたちがどこで休息するかというと、偶然にもリレーのコース上にあるコーチの両親の別荘で雑魚寝するのである。
自分の担当区間を走り終わったら、2台用意したサポート用のバンの1つに乗り合わせ、別荘に直行して、次の自分の順番が回ってくる直前まで寝袋に入って寝る。深夜2時半頃に別荘の部屋に到着すると、すでに夜間区間を走り終えたチームの仲間が寝息を立てていた(コーチとコーチのハズバンドだけは自分のベッドルームで寝ていた)。半日で2度のランを終えて疲労しているので、人が頻繁に出入りするにもかかわらず安眠している。そういうオレも寝袋に入ったらすぐに眠りに落ちた。 4~5時間仮眠し、7時過ぎに目を覚ます。脚にやや疲れはあるが、10キロそこらを走る分には問題なさそうだ。ほかのメンバーとサポート車に乗せてもらって自分の担当区間のスタート地点に向かう。この区間はもともと昨日途中リタイヤした青年が担当することになっていたコースで、最初の半分は下り坂の高速コースらしい。オレはもともとこの10.3kmの区間を5分20秒/kmペースで57分程度で走りきる予定だったのだが、コーチが「前半は下り坂だし、キロ5分で行けるから」と言われ、50分完走に上方修正されてしまっていた。オレの次の走者は最後のアンカーなので、この区間で出来るだけ順位とタイムを稼がなければならない。 今朝は曇天で、さっきまで雨が本降りであった。2つ前の区間を走っていたチームの仲間は全身びしょ濡れになったことであろう。オレの1つ前の区間は、もともとわがチームのサポート車のドライバーとして参加していたのが、途中リタイヤした自分の息子に代わって急遽出走することになった例の母親が走っている。ここ数ヶ月ほとんどトレーニングしていなかったと言うが、息子の責任を感じているのだろうか、夜間のコースでは1キロ5分~5分半くらいのなかなかのハイペースで走っていた。オレに交代する前にガス欠にならなければいいのだが。 交代地点では、昨日の最初のランで途中リタイヤした青年を追い抜いたあの東洋人青年がウォーミングアップしていた。話を聞くと、どうややこっちに仕事に来ているガールフレンドに会うためにオーストラリアからやって来たらしい。逆三角形の上半身をした筋肉モリモリの男である。一見するとカナダ人と区別がつかないその白人のガールフレンドは、甲斐甲斐しくその青年の面倒を見ている。オレは、自分のチームの仲間が昨日抜かれていることもあり、「コイツには負けられない」と思った。向こうも同じ東洋人のオレを意識していそうな気がする。 そうこうしているうちに、オレの前の区間を走る母親ランナーが最後の下り坂を下りてきた。総合順位14~15位といったところだろうか。オレは彼女のタッチを受けて走り始めた。まず最初の数百メートルでベテランっぽい女性ランナーを抜く。さらに次の1キロで、かなり疲労の色が見える女性ランナーに容易に追い着いた。ちょっと先には目立つ黄色いシャツを着た長身のベテランっぽいランナーがなかなかの好ペースで走っている。噂に聞いた長い下り坂に入ると、ギアを入れ替えてすごい長いストライドで走り始めた。彼が1歩走る間にオレが2歩走らねば追い着かないくらいのジャンプ力である。どうやら後ろのオレの足音に気づいていると見えて、呼吸も激しい。 それにしても、これだけ一歩一歩の落差が大きいと、脚への衝撃も激しいに違いない。しかも過去12時間やそこらですでに20キロ前後を走っている。この急坂がどれだけ続くのか分からないが、おそらく坂が終わる頃には脚の筋肉が傷んでスパートを掛ける余裕もないだろうとオレは思った。オレは迷わずにペースを上げ、彼を抜いた。彼も1キロやそこらの間はオレを抜き返そうと呼吸も荒く後方に付いてきていたが、坂が終わる頃には彼の激しい息も足音も聞こえなくなった。それよりも、本命のライバルは例のオーストラリア青年である。 長い下りが終わると、今度は緩い上り坂が続いた。オレは決して上り坂は苦手ではないが、脚力では太刀打ちできない若い連中にしばしば上り坂で抜かれている。オレはあのオーストリア青年の足音がいつ聞こえてくるかと思いながら、必死で坂を上った。峠を越えるとまた緩い下り。直線のコースは数キロ先まで見通せるが、交代地点らしきものは見当たらない。路傍にほかのチームのサポートメンバーとおぼしき東洋人女性が居たので、「あと何キロ?」と訊くが、「分からない。」と言う。クソー、役に立たないヤツ Useless shitめ。 もはや残る距離を推測するために腕時計を見る余裕もない。いずれにしてもこれ以上ペースを上げる体力は残っていない。せいぜいあと1~2キロだろうと言い聞かせて自分を鼓舞する。すると、さきほど残る距離を尋ねた東洋人女性がいつの間にか数十メートル先に立っていて、オレが通過するタイミングで「あと2キロくらいらしい」と教えてくれた。携帯電話か何かで誰かに訊いて調べてくれたのだろう。ありがたい。さっきは「この役立たずめ」と心の中で毒づいたが、前言撤回だ(笑)。 やがて数百メートル先に前を走るランナーの姿が迫ってきた。ペースは乱れていないようだが、とてもスパートを駆けられる余裕はなさそう。あと2キロあればこのランナーも射程範囲内だ。オレは後方を走っているであろう例のオーストラリア青年を頭にイメージしながら、ペースを落とさずに地道に前身を続け、次の短い上り坂で前のランナーを抜いた。ガリガリの初老のランナーで、オレを抜き返そうとすることはなかった。 もういい加減交代地点だろうと思いつつ曲がり角を曲がると、ほんの200m先に大勢の人が待ち受けていて声援を送っていた。アンカーのRが神妙な顔でオレを待っている。「4人抜いたぞ」と叫んで彼にタッチした。かなりの充実感だった。全身汗びっしょり。炎天下のトライアスロンでもここまで汗をかいたことはないのではないか。タイムも47分少々。下り坂半分とはいえ難易度4の区間でこのタイムは上出来である。コーチが上方修正した予想タイムもクリアできた(笑)。その後クールダウンがてら、コースの最後の数百メートルを歩いて戻ってみたが、例のオーストラリア青年はもちろん、下り坂で抜いた黄色いシャツの長身のオッサンも見当たらなかった。追い着かれるどころか、引き離していたらしい。 サポート車に乗り込んで、5キロ先のゴールに先回りする。車窓から見たところ、アンカーのRの後ろ1~2キロの間に3人、前1~2キロの間に3~4人が走っている。まあ1~2人に抜かれたとしても、30数チーム中10数位くらいでゴールできそうか。 ゴールにはチームメイトの声援に迎えられながら次々とアンカーが入って来ている。我がチームの仲間たちもゴールのそばで次はRか、その次こそRかと、Rの姿が現れるのを待っている。やがてRの巨体が現れた。しかしすぐ後ろにライバルチームの女性がスパートをかけて彼を追っている。もはやここまで来ると順位などどうでもいいのだが(笑)、Rがオレ同様チームのプレッシャーに弱いのを知っているので、「すぐ後ろに迫ってるぞ、ガンバレ、抜かれるな!」と声を掛けると、彼は最後の踏ん張りを見せてリードを守ってゴールした。 ゴール付近で記念写真を撮りながらお互いの努力を労っていると、黄色いシャツを着た長身のオッサンが声を掛けてきた。下り坂のコースで抜かれたのはキミだったよねと確認した上で、オレが何歳か訊いてきた。彼は下りのスペシャリストでこの区間にはよほど自信を持っていたらしい。オレが30代とかだったら「抜かれたのも仕方がない」と自分を納得させられたのだろうが、45歳だと応えると、51歳の彼は来年の雪辱に燃えていた。…でもオレは来年出走したとしてもこの区間は走らないと思うけど…(笑)。 ところでRのすぐ後ろのランナーは、昨日の時点では「一般」のグループで1位だったオレらに次いで2位のチームの女性だった。オレが昨日走った時点では15分の差をつけていたのが、最終区間ではほんの数秒差まで迫っていたのだ。危うく「一般」グループ1位の座を奪われるところであった(笑)。エースの青年が故障リタイヤし母親に代わってもらうなど予想外のハプニングはあったものの、みな予想タイムを上回って完走し、準エリートのグループに混じっても平均的なタイムで250kmを完走でき、コーチもご満悦であった。何よりも、チームとして走ることで、日頃出せないような力を発揮できたことにオレを含む誰もが満足している様子であった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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