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カテゴリ:たわごと・仕事・愚痴
ひと月半ぶりに帰った部屋のソファには極寒地用寝袋が転がっていて、壁にはアコンカグアに向けたトレーニングメニューが貼られている。テーブルの上には、アコンカグア遠征中に自分の身に何かがあった時のために書いたエンディングノート(遺書のようなもの)がまだ置かれていて、カレンダーの一部などは去年の11月のままだ。 おもえば目まぐるしい過去数ヶ月であった。 10月に結婚を決め、11月にアコンカグアに発ち、12月にカナダに生還してまもなく日本に一時帰国、入籍して1月に結婚式を挙げてそのままハワイにハネムーン、日本に戻った翌日にカナダに帰国...というかなりの強行スケジュールであった。 この前部屋を出た時はまだ独身で、南米最高峰再挑戦のために日々トレーニングをしていた。それが次に帰ってきた時は指に結婚指輪をはめ、家庭の「世帯主」に変わっていたのである。 ところが帰って来たカナダの自宅は未だに「アコンカグア」当時の、十年一日のごとき生活をしていた独身オヤジ部屋の佇まいのままなのである。オレは、戸惑いとともに、ここ数ヶ月の自分の人生の急変を想い、まるで狐につままれたような気分になるのであった。 オレはもう、ある女性のよき夫であり、いずれは父親になるつもりなのだ。向こう10数年はアイアンマンに参加することもあるまい。アコンカグアだのマッキンリー征服のためにトレーニングをする日々も還って来ないかも知れない。 それを考えると、この部屋にあるものは「もはや必要ないもの」ばかりなのであった。 玄関のそばに放置されている50万円くらい掛けて組んだトライアスロン自転車も、ソファの上に広がった高価な羽毛寝袋も、床に転がったままのアコンカグアの頂上を目指したときに背負っていたサミット・バッグも、処分とは言わないまでも、今となっては「封印」すべきものばかりだ。 そういえば、オレに仕事をくれていたRも、オレのトライアスロン・コーチであった元妻がすでに家を出ており、離婚に伴いローンが返せなくなった家は手放すことが決まり、近いうちに新らたな住処を探して3人の子供ともども引っ越すことになったという。2ヶ月前から愛人と同居を始めているコーチは、トライアスロン・チームの練習会に顔を出さなくなってしばらく経つらしい。オレだけでなく、オレの回りの人間たちもこれまでの生活が急変しつつあるようだ。 これまでのオレの生活の中心であったアイアンマンもアコンカグアもすでにテーブルの上から下ろされ、親しかったコーチやRの生活も大きく変わりつつある今、オレがここに住む意味もなくなりつつあるかな...と思う。 当初は子供はカナダで産もうかといって妻も、今後しばらくは日本で生活したいと言うようになった。これからのオレの生活の中心が「家族」なのであれば、妻の希望に沿ってしばらく日本に戻って生活するのが理に適っているかも知れない。 いずれにしても、この部屋の半分近くの物は今の自分にはもはや関係のない物だ。次の人生のステージに向け、十年一日のごとき生活を続けてきた過去10数年間の自分とオサラバするためにも、身の回りの物を整理するところから始めねば。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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