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テーマ:楽天写真館(355799)
カテゴリ:たわごと・仕事・愚痴
先日、2006年あたりの過去ブログ記事をずっと読んでいた。当時はそれまで熱中していたマラソンを止めて、次に何を始めようか迷っていた過渡的な宙ぶらりんの時期で、アイアンマンも登山も止めて、自分以外の人と新らたに生活を始めようという今の時期にちょっと似ているからである。 当時のブログ記事を読んでいると、この文章を書いているヤツが翌年にアイアンマンを目指すことになるのが道理というかその道筋に納得が行くが、その何年後かに結婚することになるなど間違っても予想が出来ない。というか、当時より鬼畜色がかなり衰えたほんの1年前のブログ記事でも、その筆者が翌年ケッコンするだろうと思わせるような気配は微塵もない。 当時の記事でも明言しているとおりオレはもともと独身主義者であり、おとなしく独りでくたばる覚悟をしているつもりであった。アイアンマンのような過酷なレースに出走したのも、アコンカグアみたいな山を単独で目指したりしたのも、気楽な独り身だし、万が一のことがあってくたばってもいいと思っていたからである。 それが、40代も半分を過ぎて一体どんな心境の変化があったのか...というのは不思議と誰からも訊かれたことがないのだが(笑)、何があったのかというと、「独りでくたばる」のがある日突然イヤになったのである。ある日突然というのは具体的に言うと、1年前のシーズンオフ直前のアコンカグアのあの晩である。 翌朝の登頂日を控えた前の晩、ほかに誰もいない標高6000mのハイキャンプにある避難小屋の中で、急速に下がっていく温度計を見ながら、2月のひと月の間に6人が命を落としたという話を思い出し、「今ここで眠ってしまったら朝にはもう目を覚まさないかも知れない」「もし死んでも数日は発見されないだろう」「いずれ発見されても、親族がちょっと悲しむくらいで、オレの死は誰にも顧みられることもないんだろう」とかいろいろ考えているうちに、「...あ、やっぱりこのまま孤りで死ぬのはイヤだ。」と痛切に思ったのである。 そして、何の偶然か、山から降りてきて下界のホテルに泊まり初めてテレビをつけたら、生まれ故郷が大地震に見舞われ津波に呑まれているシーンが映し出されたのであった。おまけに、復路のフライトの中でやっていた映画が『127 hours』。これまではひとりで好きなように生きてくたばるのだと思っていたオレも、この一連の出来事ですっかり自分の傲岸さを反省し、「自分の死を悲しんでくれる人」を意識するよういなったのである。 ところで「親族以外に悲しむ者もいない」と前述したが、厳密に言うと当時オレはすでに今の妻とEメールのやりとりを始めており、まだ会ったこともない彼女はアコンカグアに単独で臨んだオレの身をずっと案じてくれていたそうである。その後、震災ボランティアのために一時帰国した1ヵ月をはさみ、震災後の親密なメールのやりとりを通じて、オレは人生のパートナーとして彼女を意識するようになったのである。 このブログの鬼畜色が急速に薄れつつあるのはほうろうの達人さんをはじめとする楽天ブログ仲間の指摘にあったとおりなのだが、それは新婚の妻との新生活が「ほのぼのラブラブ」であることもさることながら、世間や常識・良識をないがしろにしようが独りででも自分の思ったとおりに生きていくのだという根性というか覚悟を喪失してしまったことが大きいと思う(笑)。 まあ、これからは、マラソンだとかアイアンマンだとかアコンカグアに代わって「家族」がオレの人生の目標になったので、当面は生殖に全精力を注ごうと本気で思っている。雪山やアイアンマン・レースで命を落とすのはゴメンだが、妻の腹上で力尽きて死ぬなら本望だと思っているのである。 ほうろうさんのブログで紹介されていた画像加工のウェブサイトを妻は非常に 気に入ってウェディングやハネムーンの写真を加工しては遊んでいます お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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