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カテゴリ:つぶやき
「24時間・・・」某放送局ネット作成の番組を視聴して
今回も賑やかにこの番組が終わりました。 今年で35回になるのですね? 小説「鬼ヶ嶋」執筆中ですが、ちょっと疲れましたので、この番組に対する所感を書き綴ってみたいと思います。 きっと私の真意が伝わらずに誤解されるような書き方しか出来ないと思いますが・・・。 最初の頃と違って・・・何だか番組作成の姿勢が変わったように感じています。 それは困っている人のためにではなくて・・・視聴率獲得目当ての姿勢が強くなったような感じを受けています。 身体障害者の方のドラマ・・・ドラマなのでどうしても感動させるようなシーンや台詞などが必要なのは判ります。 しかし、実際の障害者の方たちの苦しみや悩みは、もっと異質なものだと思います。 しかし番組作成のためには、視聴者からの支持を得られるような番組を作成しなければなりません。 本当の彼らの叫びは、これらのドラマからは聞こえてこないように・・・。 学生の頃、私は元の某放送合唱団の練習や、施設訪問ボランティアグループ(養護施設・ハンセン氏病療養所)のリーダー、そして個人的に乳児院・育児院・身体障害者ボランティアグループの手伝いなどと勉学の時間が無いほどに忙しくしていました。 その時に体験したことを・・・少し。 年末のパーティのために身体障害者ボランティアグループのワンボックスに乗っていた時の事です。 突然、一人のお母さんが、 「私が死ぬ時はこの子を殺してから死ぬ!」と 大声を出したのです。 いつも我が子を大事にしているお母さんが・・・。 私はその叫びを聞いて、このような時に会っている時のうわべの穏やかな顔だけでなく、本当はもっと辛くて厳しい現実に直面されているのを実感しました。 ただ、その時の叫びを身体障害者のこの子に聞かせたくなかったと思ったのが本当の事です。 他には、 乳児院から電話が有って、「○○子が育児院に移るから一緒に行ってあげて」と・・・。 乳児院へ行ったら、その子とよく遊んでいました。 「もう乳児院から育児院へ行く歳になったんだ」と 思いながら乳児院へ出掛けました。 乳児院の車に、その子の世話をしていた保母さんと一緒に乗り込みます。 最初はドライブだと思い込んで上機嫌だった子でした。 しかし、保母さんの暗い寂しそうな表情から、自分の運命が判ったようです。 泣き始めたその子をなだめようと保母さんも私も一生懸命になりますが、泣き止んでくれません。 育児院へ着いて・・・。 育児院担当の保母さんが出迎えて両手を広げて抱こうとしますが、その子は今まで本当の母親だと思っていた保母さんに抱き付いて離れようとしません。 施設や児童福祉法の規則から、その子は赤ちゃんのときに実の母親から捨てられて、この時に母親と思っていた保母さんからも捨てられたのです。 上記の二つをドラマになんか出来ませんよね? もしかしたらそのような演出をして、最後はハッピーエンドのドラマに仕立て上げるかも? 他にもライ予防法で強制隔離されて孤島の療養所へ無理やりに送られ、子供が出来ないように不妊手術を・・・。 療養所の奥まった部屋にはホルマリン漬けの・・・標本が。 これも国の法律でこうなりました。 患者さんの部屋に訪問して話していたら、 「どうしても生まれた家に戻りたいと洗面器につかまって海に出たら、流れが酷くて嶋の周りをクルクルと流されるだけ・・時が過ぎて許しが出て故郷に戻ると、自分の名が墓に・・・。親戚は既に自分が死んだことにしていた」と しかし、この番組のお蔭で多くの人たちが困った人たちの事を知って貰えています。 そして多くの募金も・・・。 本当に有り難いと思います。 障害者の方々の社会進出や老齢者の快適な生活を目指すお手伝いの研究(福祉機器研究開発)をしている学会に属していますので、一般の方々に目を向けて貰える番組は必要だと感じています。 ただ・・・番組作りの視線の立ち位置をもう少し考えて貰えたらと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Aug 31, 2012 04:07:18 PM
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