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この日記は平成11年11月24日から
平成12年2月3日にかけて書かれたものです。 一覧で日記を選んで通して読んでください。 君の言う「かむなから」の神様は本物だった。 何故なら、科学を全く理解しない人間の集団である「かむなから」の人に、 あえて宇宙創成の後、最初に作ったのが水であるという 科学的な事をおっしゃっているからだ。 それが本物でない まことしやかな‘我は神である’と名乗る存在のお方であるなら、 必ず、それを聞く人の思い込みを利用するのが常套手段なんだ。 あらかじめ知っている事を利用して、 聞いて「うん、なるほど」と感ずる事を敢えて言うんだ。 それを私は「まことしやかな正論」と呼んでいるのだが、 今までに教え込んでおいたまやかしの常識を利用するんだ。 ところが「かむなから」の神様にはそれがない。 考えてみれば、常識とかヒューマニズムほど恐ろしいものはないよ。 それは良さそうな事は良い事だとする人間の錯覚なんだ。 今まで、君に言い続けてきただろう。 正しいとか正しくないとか善だとか悪だとかは誰が決めるんだ。 牛や豚は飼ったものだから殺して喰っても良いが、 イルカやクジラは自然界の生き物だから殺してはいけないなんて、 誰が決めるんだ? 殺していいものと殺していけないものがある等と、 その差は一体誰が決めるんだ? ヒューマニズムという名のもとに、 どれほどの「まことしやかな正論」が現代文明社会にばらまかれているのだろう。 常識というものこそ、疑わなければならないんだ。 つい興奮して喋り過ぎたようだ。 でも君はこの日津地姫之大神様のご努力を、物質の必然性とはいえ、 真っ先に宇宙内で水を作り上げてしまわなければならなかった、 そのはたらきを何と見る? 〈私〉 すごい、すご過ぎます。 そして、その言葉を理解出来ないタイプの人間にあえて公表した 本当の神様はもっと凄いと思います。 今まで15年間、神と物質は矛盾しない筈だと信じ続けてきて良かったと、 今改めて感動しています。 神は本当におられたのですね。 神様がはたらかなかったら、これほど完璧な偶然が重なる訳はありません。 ビッグバンから水の惑星、地球誕生に至るまでの過程に於ける、 その偶然性の重なりは、何の設計図も、何の意図的な力も働かなかったとしたら、 私のような者にも、それは確率ゼロなのだと思われます。 ゆえに、神様の「設計図」と「はたらき」が存在しなくては、 こう旨く行くはずがないという証明書のようなものが宇宙には内在しているのですね。 その内在する真実を調べあげる事が、科学の本来の目的なのですね。 科学は決して神の存在を否定するものでなかった。 人間が事実というものを調べて自らそれに気付く。 この事を神様は「識りなさい」と仰っていたのですね。 我が内なる神よ。本当にありがとう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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