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カテゴリ:ジャズ
昨夜のアニタ・オデイに引き続き、大好きなヘレン・メリルについて書こうと思っていましたが、今日7月17日はジャズの偉大なる二人の革新者、ビリー・ホリデイとジョン・コルトレーンの命日だったことをすっかり忘れていました。コルトレーンが急逝してから今年で三十三回忌に当たりますが、ビリーはちょうど没後50年。どちらも私の大好きなミュージシャンですけれども、レディ・ファーストで『奇妙な果実』を聴きながら、ビリーを偲ぶことにしました。
とかく過酷な一生を送るケースの多かったジャズ・ジャイアンツの中でも、とりわけビリーの境遇は悲惨でした。私生児同然に生を受け、売娼で生計を立てる母親と心通わすことも叶わず、あろうことか少女期にウィルバート・リッチなる暴漢に貞操を汚され、遂には14歳の若さで母親と共に売娼容疑で逮捕に至るという、筆に起こすのも辛くなる陰惨さです。リッチは僅か3ヶ月の拘留だけで出所したという事実にも、驚きと怒りを覚えますが。 そのような中、ビリーはニューヨーク・ハーレムのナイトクラブで歌い始めました。無一文同然の生活から逃れるため、チップを求めて歌う「Travelin' All Alone」に、聴衆は涙を禁じ得なかったそうです。そうして徐々に天性の素質を開花させていき、やがてレコード業界屈指の大プロデューサー、ジョン・ハモンドに才能を見出されるという幸運を掴みます。 それからビリーは怒涛の勢いでキャリアを重ねていきました。ベニー・グッドマン、テディ・ウィルソン、レスター・ヤング、カウント・ベイシー、アーティ・ショウetc、スイングジャズ黄金時代のビッグ・ネームとの共演時代、ビリー最初の絶頂期ですね。当時の代表的名唱「What a Little Moonlight Can Do(月光のいたずら)」はyoutubeでも聴けるので、是非お聴き下さい。グッドマンのクラリネット、ウィルソンのピアノ、ベン・ウェブスターのテナー・サックス、そしてビリーの歌唱が渾然一体となって、抜群のグルーヴ感を生みだしています。 【月光のいたずら/ビリー・ホリデイ】 かくして歌姫「レディ・デイ」は誕生しました。しかしながら順風満帆の歌手生活が続くかと思いきや、名声高まる一方でビリーは麻薬とアルコールに蝕まれていきます。南部のジム・クロウ法に代表される根強い人種差別に挫折したのか、少女時代の消えないトラウマ(心的外傷)に苛まれたのか?その後も麻薬の不法所持による逮捕・服役を繰り返し、当時の人気女優タルラー・バンクヘッドと同性愛関係に至るといった破滅的な生活の果て、遂に持病の肝硬変の悪化により50年前の今日、急逝。享年44、栄光と挫折を行きつ戻りつした波瀾万丈の生涯でした。 ビリーの音源は幸いにして膨大に遺されています。晩年の痛々しいコンディションの歌声も一聴に値しますが、キャリア最大の傑作はコモドア・レコード時代の音源でしょう。第一の聴き物は勿論、迫害の果てに縛り首にされて殺された哀れな黒人トマス・シップとアブラム・スミスの姿を比喩的に表現した、人種差別告発の挽歌「奇妙な果実」。木に吊るされた血まみれの二人の衝撃的な姿を、同じ黒人のビリーはどのような想いで眺めたことでしょうか。慟哭さながらの悲痛な歌声が我々聴き手の胸を抉る絶唱を、一度は聴いて頂きたい!幸い本音源はyoutubeで、虐殺写真もネットで確認できます。写真の方は現実と向き合う勇気が必要ですが。。 【奇妙な果実/ビリー・ホリデイ】 【トマス・シップとアブラム・スミスの虐殺写真】 他にも「Yesterdays」「Fine And Mellow」「How Am I To Know」「My Old Flame」「I Cover The Waterfront」「I'll Be Seeing You」「Embraceable You」「As Time Goes By」「He's Funny That Way」「Lover,Come Back To Me」「On The Sunny Side Of The Street」etc、全く極上の音源の宝庫です。私見ですが、サラ・ヴォーンでもエラ・フィッツジェラルドでも遂に為し得なかった、荘子の説く無何有的境地に到達していると言い切りましょう。寺島靖国氏のようにビリーを全く認めない奇人も存在しますけれども、私にとっては何があろうと決して手放せない一生の宝ですね。 好きな音源は沢山ありますが、ここでは「月光のいたずら」を含むブランズウィック時代、即ちテディ・ウィルソン楽団との共演トラックを多数含む2枚組ベスト、オスカー・ピーターソン等と共演したヴァーヴ時代の人気盤『ソリチュード』を挙げておきます。没後半世紀を経過しましたが、今後もビリー以上の天才歌手は出現しないでしょうね。これまでビリー未体験の方に、その凄さを感じ取って貰えれば嬉しく思います。 そうそう、サザンオールスターズのファンの皆様も、名バラード「星空のビリー・ホリデイ」のモデルの存在を決してお忘れなきように!天才桑田佳祐&ジャズ・ピアニストの故・八木正生氏のペンになる傑作でした。併せて聴いてレディ・デイを偲びましょう。それではまた。
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