「東電OL殺人事件」
この事件が起きた97年3月、私はとても忙しくニュースを見ている余裕はなかった。
当時の私が知っていたことと言えば昼間は東京電力に勤める会社員が夜は売春婦をしていて事件に巻き込まれた事。
被害者の人権を無視した卑劣な報道。
(報道の詳しい内容については知らなかったし、事件に興味もなかった)
ただ、彼女の知的な顔写真は頭の片隅に残っていた。
だが、つい最近ちょっとしたことから彼女が「普通の会社員」ではなかったことを知り、この事件に興味を持った。
慶應義塾大学を優秀な成績で卒業し、昼間は東京電力東京本社企画部経済調査室副町で(有能な)エコノミストの肩書きを持ち年収は一千万円を超える超エリート、夜は「円山町の白塗り妖怪」と呼ばれちょっとした有名人だったという。
午後5時の東電からの退社後は、寒い日も雨の日も一日も休まず、円山町の路上に立ち、毎日4人の客をとる事を自らのノルマと課し、終電で帰るという毎日を6年間繰り返していた。
最後は公園や駐車場でも二千円で自らを売った。
裁判では彼女が売春していたことを母親が知っていたことが明らかになった。
会社の引出しには、本人がワープロで打った、売春の広告らしいものが残っていた。
なじみの客には自分が東電の社員であることを誇らしげに語り、本物の名刺を渡して経済論議を交わしたという。
拒食症でガリガリに痩せていて、缶ビールにさきいかを食べながら道行く男性に声をかける。
満員の終電で菓子パンをむさぼり喰い弁当を食い散らかす。
挙句の果てにコートの裾をたくしあげ路上放尿する姿が何度も目撃されている。
その闇は余りに大きく深い。
昭和32年6月7日生、事件当時39歳。
筆者は
『その姿には、孤独や寂寥などといった手垢のついた言葉をいきなり無化する、ある物凄さがあった。神々しいまでの大堕落。
ありとあらゆる病巣が巣くった円山町のなかで、画然として屹立する「病の怪物」だった。
魂を深く病んだ人間にしか、魂を深く病んだ社会は見えない』
と書いている。
私が興味を持ったのは頭脳明晰な彼女がなぜ常軌を逸した数々の奇矯を繰り返すほど精神を病んでしまったかということだ。
会社では立場上多くの人と接していただろう。
彼女の異変に気づいて病院につれて行くとか話を聞いてあげる人はひとりもいなかったのか?
上司も部下も同僚も彼女が売春をしていたことを知っていたという。
金銭に対する執着心は、すざまじいものがあったといわれるがそれでも目的はお金ではない(と私は思う)、彼女は何に救いを求めていたのだろうか?
発見されたのは自宅を出たきり行方不明となった1997年3月8日から11日後の3月19日。
何故、39歳という若さで壮絶な人生に幕を下ろさなければいけなかったか?
何故、誰も助けてあげられなかったのか?
この本の中にその答えはない。
あれからちょうど11年。
色即是空,空即是色,合掌。
東電OL殺人事件