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先週、母の49日法要が終わりました。 母の遺品整理をしていたら父が19歳時の軍隊入隊時の写真がありました。 階級章も一緒に大切にありました。 両親は父が復員してから結婚して、それも親の反対を押し切った今でいうできちゃった婚だったようで、「えっ!あの暴君で厳格な父が」とびっくりしました。 それはさておき、父は太平洋戦争時には、満州にいて、 その後戦局が悪化すると南方へ送られたのでした。 今でいうフィリピンやニューギニアです。 太平洋戦争終結後、奇跡的に復員できたことで、母と結婚しました。 このため、私は歴史に興味を抱き、 特に太平洋戦争がどう始まり、終結したのか、 そして父がどんな風に10代の後半を戦争に巻き込まれたのか、 調べることにしました。 調べていくうちに「瀬島龍三」という人物に出会いました。 瀬島龍三さんの人生を辿ることで新たな発見をしました。 そんな私は先日、ある人とお知り合いになる事ができました。 その方のお身内は、当時の、重要な要職におられた方でした。 戦争開始の時の電文や終結のさいの天皇陛下の玉音放送のものなど、(もちろんコピーですが)、 びっくりする歴史の証拠品を頂きました。? その資料を垣間見ると今のアメリカと日本の関係がよく理解できました。 紛れもなく、日本はアメリカの下です。 それは今も変わらない状況下であると思います。 一部の特権の思惑で戦争を始めた日本。そしてその戦争で始まった一般的日本人の悲劇と犠牲になった人生。 それが今も違った形で日本の経済に影響力を与えているような思いがします。 こんな形の犠牲はもうたくさんです。 原発問題も今の領土問題も全てが、一部の特権のための私利私欲でうごめいているような気がしてなりません。 父が語ってくれた戦争体験。その辛く大変な思いが今の時代に活かされる事を願うばかりです。 「ニューギニアで敵から逃げる時に、わにがいる川を、泳いで渡るんだけど、泳げない者は置いてかれ、 泳げてもワニがいて食われる。地獄だよ」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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