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昭和20年8月6日午前8時15分
広島に原子爆弾が投下されました。 僕は広島出身なので 小さい頃から学校などで習いました。 僕の祖母は原爆体験者なので、祖母の話を書きます。 当時広島市内で看護婦をしていた祖母は、 8月4日に実家のある瀬戸内海の島に帰っていました。 8月5日に帰る予定だったが、両親にもう一日泊っていくように言われたそうです。 そして8月6日の朝船に乗ろうとしているそのとき 激しい閃光と爆音、爆風そして巨大なキノコ雲が・・ ただ事ではない事態に驚き、 急いで広島市に帰ると 建物は焼け崩れ、何もかもが燃えていました。 あたりを見回すと、おびただしい数の焼けた人の死体が・・ そして、ゆらゆら動いている黒い物体 よく見ると全身やけどで皮膚がはがれて手の先から垂れ下がっている人間。 「あついよ~」「水くれ~」「たすけて~」 と言う人々。 お腹から内臓が垂れ下がっている人、泣き叫ぶ子供たち。 まさに地獄絵図。 祖母は必死で親戚、兄弟のもとへ向かいました。 途中つまずいて木の柱がのどに突き刺さったのも気づかずに。 しかし、みんな死亡か家の下敷きになって助けようがなかった。 僕は想像することしかできないけど、すごくつらい出来事だったのだろう。 ここまで話して、祖母はもう思い出したくもないと言って話をやめました。 後にも先にもこの話を聞いたのは1度だけ。 もう二度とこんなつらい思いをする人をつくらないでほしいと心から願います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年08月06日 18時55分17秒
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