カテゴリ:仕事
モデル達にとっては何本目かの、事務所のとっては初めてのオーディションは
予想以上に良い出来だった。 結果は誰一人使ってもらえなかったが、 得体の知れない怪しいモデルクラブのモデル達が、 以前大手のモデルクラブに所属していた子ばかりだったからだ。 それもそのはず。 Jはその大手のモデルスカウト担当だったのだから。 そのおかげでマネージャーが紹介する前に、 カメラマンがモデルの顔を覚えていて声をかけてくれたりしたそうだ。 「この子また来たんやね~!前回は良かったよ~。今回はイメージが違うけど、 また丁度良いのがあったら声かけるから!」 オーディションに同行したユキちゃんは自分の事のように嬉しそうに私に報告してくれた。 そうかぁ~、良かった、良かった…。 そして、ポツポツとだが、本物のオーディションが入り始め、 やっと事務所は動き始めた。 ギャラの交渉ってどうやるんだろう、と不安だったが、 社長はオーディションに同行することが多くなり、いつも不在で、 なかなか教えてもらえないまま何日かが過ぎた。 クライアントから仕事の依頼が来て、 ギャラの交渉をしないといけなくなったらどうしよう…と思っていたある日、 実際にそんな事態になってしまった。 「担当者から折返しすぐにご連絡させますので」 「いや、今スポンサーさん来てはるから、バクッと金額教えて」 「えっ…と、あの、すぐです!すぐお電話致しますので!」 「じゃあ、いいわ!」ガチャン! 受話器を持ったまま、ショックでしばらく動けなかった。 幸い、その後すぐに帰ってきた社長に泣きそうになりながらその事を訴えると、 社長はそのクライアントに即電話をした。 たまたま顔を合わせたことがある担当者だったらしく、 初回なのでお近付きの印に、とかなり安いギャラでOKし、 事務所初仕事が決まったのだ。 ホスト社長も、私もユキちゃんも飛び上がって喜んだ。 カヨちゃんは、というと、いつの間にかJと抱き合って歓声を上げていた。 さすがはカヨちゃん、タイミングは逃さないのだ。 順調にオーディションが増えていくと社長はますます不在になり、 オーディションが増えると当然ギャラの交渉と予定の仮押さえの電話が入る。 私は汗をかきながら、何とか手探りで覚えていくしかなかった。 社長が不在な分、Jが事務所に残ってくれるようになったので、いくぶん心強かった。 Jはギャラのことはあまり分からない。 スカウトのくせに、そんなんでどうやってモデルを口説くんだろう。 ギャラのことはよく知らなくても機関銃のように喋る彼の事だから、 相手に一言も喋らせずに契約書にサインさせることくらいお手のもの、 なのかも知れないな。 仕事が決まると、その当日までに撮影スタジオや入り時間、 持ち物などをクライアントに確認し、 それを詳しく書いたワークシートと呼ばれるものを作成し、 モデルに渡して行き方などを説明するのも私の仕事だった。 会話ならごまかすことも出来るが、紙に書く、となると話は別だ。 スペルに自信が無くて何度も何度も辞書で確かめる。 1枚のワークシートを仕上げるのに、何時間もかかってしまう。 モデル経験が浅く、日本も初めての子は本当に不安そうで、 前日にユキちゃんが一緒に付いて最寄りの駅まで行ってあげたり、 「この場所まで行きたいのですが、どの電車に乗ったらいいですか?」 「私は道に迷ってしまいました。この電話番号まで電話してくれませんか?」 「梅田の阪急百貨店に行くには、どういったらいいか教えて下さい」 などと日本語で書き、裏に同じ意味を英語で書いた小さいメモを沢山作り、 単語帳のように一つに綴じてモデルに持たせる。 仕事のあるモデルにはどんなに早い時間でも当日モーニングコールをし、 どうしても不安がる子にはスタジオまで連れて行ったりもした。 こんな事ばかりしていたら、当然帰宅は毎日深夜になる。 それでも時間は全然足らず、ストレスと寝不足で私は倒れそうだった。 「あぁ…家がもっと近ければなぁ~…」 これが、私の一人暮らしを始めるきっかけだ。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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