カテゴリ:仕事
カナダにいる時から実は考えていた。
日本に帰ったら一人暮らししてみたい、と。 でも、こんなに早く実現させなければならない状況になるとは思ってもみなかった。 地下鉄一本で会社まで30分以内。 大阪ミナミの端っこに私は小さなワンルームマンションを借りた。 できれば環境の良いところに住みたかったが、何しろ経済的にかなりしんどいので、 エリア的にはあまり良くないが、その分オートロックのレディースマンションにした。 これで、相変わらず残業は毎日10時過ぎまで続いていたが、気分的には随分楽になった。 ただ、会社には一人暮らしの事は内緒にしておいた。 社長もJも残業手当が無いのを良い事に、放っておいたらいくらでも働かせるので、 「家が遠い」という帰る理由を無くすのはつらい。 それに相変わらず彼らはうさん臭いので、 一人暮らしだと知らせるのは危険なように思えた。 ブッカーとしての仕事に慣れてくると、今度はホスト社長は私の経理の経験に目をつけ、 経理もやってくれ、と言いだした。給料上げるから、と人の足下を見やがって…! でも、それに食らいついてしまった自分が憎い(泣) なんでワークシート書いた後にスタッフの給与計算までやってんだ、私は…。 こんなに忙しいんだから、さぞかし事務所も繁盛しているだろう、と思いきや、 忙しいのは私だけで、クライアントからのオーディションの告知など、 他の事務所と同じように扱ってくれるようにはなったものの、 やっぱり信用を得るまでには時間がかかるようで、 仕事はキャリアのある子に集中していた。 新人を頼み込んで使ってもらうには、クライアントと事務所のお互いの信頼感が必要だ。 そんなものなんて全く無い新参者のこの事務所では、新人モデルはただの観光客だ。 とりあえず、事務所が動き出したのを見届けて、 次のモデルをスカウトするためにJはアメリカに帰っていった。 途端に仕事の無いモデル達からクレームの嵐だ。 カナダやアメリカに遊びに行っていた私は、 英語で文句を言われる、という事を初めて経験した。 早口で、そしてキツイ表情で。 カヨちゃんが必死に彼らに説明するが、彼らの矛先はブッカーである私だ。 日本語でなら、適切な言葉を選んで説明も出来るし、なだめる事も出来る。 でも、英語で彼らの怒りを止められるくらいの語学力があれば、 こんなうさん臭い会社になんか居るもんか!と思いながらも、 モデル達も生活がかかっているのだ、と思い直し、 つたない英語力で必死に彼らに話した。 「クライアントにあなた達のこともっと知ってもらえるように努力するから、 もうちょっと時間をちょうだい」と。 他の事務所のブッカーがどんなだか私は知らないが、 その内モデル達は仕事が来なくてもあまり文句を言わなくなった。 モデルの何人かが、 「みんなビッチ(女性に対してものすごく侮辱する言葉です)だもん。 Mayoみたいなブッカー居ないよ。英語はもう一つだけど」 と、嬉しいような、情けないようなことを言ってくれた。 (ちなみに私はMayoと呼ばれていた。私のニックネームの由来でもある) きっと私達3人がみんなこの業界初めてで、何をするにも必死になっているのを見て、 こんな事務所なんだから仕方が無い、と諦めたんだろう。 中には本当に観光客に徹する子も出てきて、 京都や奈良に一緒に行こうと週末毎に誘われた。 そんな風に、儲かりはしないが全く仕事が無いわけではない状態が続いた。 モデルは3ヶ月ごとに入れ替わり、色んな子との出会いと別れを私は経験した。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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