カテゴリ:仕事
薬の副作用は辛いってもんじゃなかった。
いつも悪酔いしているような感じ。 あんまり経験はないけど、ひどい二日酔いってこういうのかな、と思う。 それが毎日。 頭もボーッとしてテキパキと仕事が出来ない。 これじゃあダメだ。 辞めたらモデルに迷惑がかかる、と思っていたが、 こんな仕事ぶりじゃ、辞めるよりももっと迷惑がかかるだろう。 私は社長に病気の事、そして辞める意志を告げた。 すると、社長は 「困る!困る!今君に辞められたらお終いだろっ!」 と怒りだした。 いや、私が辞めなくても充分ヤバイですよ。 とにかく、この人が何と言っても辞めるときは辞めるんだ、と思い、 「出来るだけ早く、次の人を探して下さいね」 と言っておいた。 そんな時、フランスからバレリーが来日した。 のっけからハイテンションの彼女は、とにかくハチャメチャな女の子だった。 フランス人モデルはバレリーの前に2、3人いたが、 みんな年齢より落ち着いた子だった。 フランス訛りの英語で、彼女はこう言った。 「私の事を小猫ちゃんと呼んで」 バレリーは感情の起伏が激しく、よくもモデル達と喧嘩した。 で、汚い言葉を使って嫌いなモデルの悪口を私にブツブツと吐き出した。 始めは優しくなだめていた私だったが、 薬のせいで気分が悪かったりしてイライラするし、 いい加減にせーよ!と言う気分になって、 「Shut up!」(黙れ!)と大声で言ってやった。 すると、バレリーはキョトンとして、 「mayoもbitchだ~」と嬉しそうに言い、 「私は小猫ちゃん、mayoはお魚ちゃん」と歌い出した。 そしてその日から、バレリーは私の事をFishと呼んだ。 バレリーはオーディションでもよく問題を起こす子で、 そのせいで仕事など入るはずもなく、 ブーブーと文句ばかり言っていたが、でも実は結構お気楽に あちこち観光しまくって明らかに楽しそうだった。 社長とJは仕事が無く、面倒ばかり起こす彼女の扱いに困り、 早めに帰国させようと話していたが、 私は彼女のことはどうしても嫌いになれず、 深夜に彼女が泣きながら電話してきても、 半分寝ながら彼女が泣きやむまで聞いてあげたりした。 ある日、バレリーとJが事務所で言い争っていた。 どうやらフランスに帰れと言われたようだ。 バレリーは泣きながらJに掴みかかって「嘘つき野郎!」と叫び、 最後はJに蹴りを一発入れてドアをバンッ!と閉めて出ていった。 チケットはJによって勝手に手配され、 3日後にバレリーは帰国することになった。 オーディションにも行く必要が無くなったバレリーは、 諦めたかのように観光客に徹していた。 最後の日、みんなオーディションに出ていて事務所には私一人だった。 エレベーターからバレリーの「Fish! Fish!」と歌う声が聞こえてくる。 笑いながらエレベーターまで迎えに行ってやると、 嬉しそうにバレリーが抱きついてきて、 何やら私の首に巻き付けた。 ネックレス。 魚の。 「フランスにおいでよ、Fish」 「いつかね」 「嘘つき」 バレリーは笑いながら、また私に抱きついた。 こうして私はバレリーと別れた。 何か、ひとつ終わったな、と感じ、 私の心の中で、真剣に病気と向き合わなきゃ、と自らに言い聞かせる自分がいた。 「来月一杯で、辞めます」 (続く) □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ バレリーからはその後、何通か手紙が届き、 私も一度だけ返事を書いた。 ↓は彼女がミラノのエージェンシーに所属していたときに送ってくれたカードと、 彼女からもらったネックレス。 今、どうしてるかなぁ~、小猫ちゃん。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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