|
カテゴリ:子供
昨日、賢浩のトランペットのクラスの発表会があった。先週の土曜日に、賢浩の通う音楽学校のクリスマス会があり、そこでも、賢浩はアンサンブルを演奏したが、今回はソロ。先週のクリスマス会も、昨日もクラス発表会も、「見に来てほしくない。」と言われていた。それが本音なのか、親に来てというのが恥ずかしいのかわからない。でも、やっぱりそれは本心ではなく、本当は見に来て欲しいのではないかと思ったので、両方見に行った。
昨日は、賢浩のクラスだけではなく、同じ音楽学校のキーボードとピアノの子も何名か演奏した。ニコちゃんぐらいの子もいたが、みんな「きらきら星」とか「ジングルベル」とか、シンプルなメロディーを先生の伴奏つきで弾いていた。ニコちゃんの先生のクラスのピアノの発表会は、レベルが高かったのだなーと感じた。 トランペットの演奏では、6年生ぐらいの男の子が、うまく吹けず、演奏後泣いていた。先生は、「トランペットは、楽器が冷えるとうまく音が出ません。ピアノのように弾けば必ず正しい音が出る楽器とは違います。」とフォローしていた。 賢浩はクリスマスの曲を2曲演奏した。ちょっと高い音がうまく出なかったが、やっぱり、5年も習っているのだから、それなりにうまいなーと思った。 しかし、賢浩は、家ではほとんど練習しない。週1回、30分レッスンを受けるだけでは意味がないと思うし、コンクールへの出場などを勧められてもいやだと言うし、アンサンブルやビックバンドに参加するのもいやだと言う。傍から見ていて、「この子はトランペットがすきなんだろうなー」という思いを全く感じない。むしろ、「練習しろ」と言われて、嫌々練習しているようにしか見えない。 「練習する気がないなら、やめたら?」「勉強はいやでもしなくてはいけないが、トランペットはいやならやめればいい。」と何度も賢浩に言っている。しかし、夫は、続けさせろ、と言う。本人も続けたい、という。でも、全く練習しない。私は、月謝代も高いから、やる気がないならやめてもらったほうがいいと思っている。1回やめて、それでも、やっぱりトランペットを習いたいと思えたら、またはじめればいい、と私は思っているが、夫は、1回辞めたら、もうそれまでになる、という。 子供の習い事って、1回はじめたら、軽々しくやめるのはよくないと思う。自分がやりたいと言ったのだから、頑張るべきだと思う。でも、だんだん惰性になってきたら、いったんやめるのもありだと思う。 昨日、クラス発表会を聞いていて、賢浩のレベルもそれなりにアップしていることを実感したし、レッスンに通うのが無駄なわけではないことはわかったが、それでも、費用対効果を考えると、つりあっていないように思ってしまう。子供の習い事にコストパフォーマンスの概念を持ち込むことのほうが間違っているのかもしれないが、あまりにも家で練習しないので、腹立たしくなる。少なくとも、トランペットへの愛着とか情熱とか、かけらも感じさせない。何で習い続けたいと思っているのか不可解。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年12月08日 17時31分24秒
コメント(0) | コメントを書く |