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ドイツでマルチリンガルを育てる

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2015年12月16日
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テーマ:海外生活(7774)
カテゴリ:カテゴリ未分類
今週は2日おきにクリスマス会がある。
たいてい持ち寄りになるのだが、皆さんお料理上手ですごく引け目を感じる。
日曜日はニコちゃんのサッカークラブのクリスマス会だった。
「甘いもの」限定だったので、クッキーを焼き、あとはグミベアの大きいボックスを持って行った。
グミベアはあっという間になくなった。

私は知っている人が誰もいない状態で、本当に孤独な時間だった。席も最悪で一番端に座ったのだが、隣と前が男性だった。夫婦で参加されていたのだが、奥さんはその隣りに座っていたが、奥さん同士で盛り上がり、ご主人同士で盛り上がっていた。ご主人たちはビールを飲みながら大声で機関銃のように早口で話し続けていた。奥さんたちの会話に加わりたかったけど、男性陣の厚いバリアがはられているようだった。

サッカークラブの人たちは、みんな家族みたいで、お父さんもクラブに所属しているし、お互いの絆が強いのだなーと思った。そもそも、ここで生まれ育った人が多いので、よそ者にはきつい環境だなーとつくづく思った。アジア人は、ニコちゃんだけ。トルコ人も何人かいるけど、彼らはすでに同化していて、お父さんもクラブで活躍していたりする。

ニコちゃんはサッカーが上手いわけでもないし、友達もいない。それなのに、なんでサッカーが好きなのか不思議だ。ニコちゃんが参加したいといったから参加したけど、チームに馴染んでいるようには見えなかった。嫌われているわけではないと思うけど、下手だから相手にされていないように見えた。

今日は、ニコちゃんのクラスのクリスマス会だった。
ピザトーストをかわいい形に繰り抜いて持っていった。みなさん手の込んだ美味しそうな料理を作ってくるので、ビュッフェテーブルに自分の持ってきたものを置くのが恥ずかしい。でも、あっという間になくなっていて、ホッとした。

ニコちゃんのクラスメートのお母さんとは、クリスマス会やサマーフェストの時ぐらいしか話す機会がないが、いろいろな人とお話ができて楽しい。外国人が多い(閉鎖的じゃない)ことと、幼稚園時代から知っている人が何人かいるので、心強い。

幼稚園時代から一緒だった父兄の一人に、カンボジア出身のお父さんがいる。離婚して、3人姉妹を自分が引き取ったようだ。一番上のおねえちゃんは、恵子と同じ歳だそうだが、臨月で、出産予定日はすでに1週間過ぎており、いつ子供が生まれてもおかしくない状態らしい。
このカンボジア出身のパパさんは、すごく料理上手で、いつも凝ったものを作ってくる。今日も、バナナの葉で包んだちまきのようなものを作ってきていた。もち米とバナナを混ぜたものの中に、鶏肉が入っていた。作るのに4時間かかったと言っていた。

エチオピア出身のママさんがこのカンボジア出身のパパさんに「週末は何をするの?」と聞いた。パパさんは、「踊りの稽古」と言った。「誰が踊るんですか?」と聞いたら、「娘達」と答えた。「バレエを習っているんですか?」と聞いたら、「違います。カンボジアの踊りです。」と言って、スマホを取り出し、ビデオを見せてくれた。この地域には200人ぐらいカンボジア人が住んでいて、コミュニティがあるそうだ。カンボジアの正月は西暦の4月で、その時に披露する伝統的ダンスを今から練習しているそうだ。

カンボジア人がそんなにたくさんこの地域に住んでいるとは思わなかった。
カンボジアの内戦中、タイに逃げた子どもたちをドイツが保護し、ここに連れてきたそうだ。そういう理由で、ここにたくさんのカンボジア人がいるのだそうだ。

そういえば、ここに引っ越してきたばかりの時、カンボジア人に間違われたことがあった。中国人に間違われることはしょっちゅうだし、それは理解できるが、なんでわざわざカンボジア人と思うのだろうと不思議だったが、ようやく腑に落ちた。

「カンボジアには、妹が観光で行きましたよ。」という話をしたら、「アンコールワットですね。知ってますか?観光客があそこで落とす収入はすべてベトナム人の懐に入るのですよ。今、カンボジアで多数派はベトナム人なんです。私のようなクメール人は少数派で隅に追いやられているのです。」と言った。そして、スマホを取り出し、12世紀頃のインドネシア半島の地図を見せてくれた。
「この地図を見てください。昔は、クメール王朝がタイもベトナムも全部統一していたんですよ。タイの文字も我々カンボジアの文字から派生しているのです。」と説明し始めた。

ダンスのビデオを見せてくれた時、舞台の垂れ幕の文字がタイ文字に似ていたので、「カンボジアの文字はタイの文字に似てますね。」と私が言ったからだ。
ダンスの最後に、両手を胸の前で合わせお辞儀をしたので、「タイの挨拶と似ていますね」と感想を述べてしまった。だから、彼としては、カンボジアがタイの真似をしたのではない、タイがカンボジアの文化の影響を受けているだけだ、と私に説明したかったのだろう。
そして、今でこそカンボジアを我が物顔のように牛耳っているベトナムも、元を正せば、カンボジアの支配下にあった、と言いたかったのだろう。
興味深い話ではあったが、あまりの熱量にびっくりした。

パパさんは私に「日本に帰りたいですか?」と聞いた。私は、「もちろん。でも、子供がいるから、できません。」と答えた。パパさんは、「私も同じです。子供がいるからここにいますが、子供が大きくなったら、カンボジアに帰りたいです。自分の国ほどいいところはないですよね。」と言った。

私が通う職業訓練校には外国生まれの人がたくさんいる。主に旧ソ連邦出身者。彼女たちはドイツ人として暮らしていて、誰一人として、ロシアに帰りたい、カザフスタンに帰りたい、とは思ってないように見える。
先日授業で、資本主義、社会主義のテーマを取り上げた。社会主義の話になった時に、旧ソ連邦出身者たちが、「私が子供の頃は・・・・」という話をし始め、私よりずっと若い人たちがそんな幼少時代を送っていたのかとびっくりする話ばかりだった。例えば、本を買う時、欲しい本は子供用の童話なのに、社会主義とは何か?というような論文も一緒でないと買えない仕組みになっていたそうだ。本だけに限らず、必需品と不要品がセット販売になっているのは当たり前で、単品で好きなものだけを買うことは許されなかったらしい。
今はそうなことはないだろうが、それでもドイツでの暮らしのほうが何倍もいいわけで、誰も帰りたいとは思っていない。
でも、カンボジアの彼は、帰りたいと思ってる。

そう考えると、シリアやアフガニスタンからの難民も、いくらドイツの生活のほうが良くても、やはり、いずれは帰りたいと思っているのではないかと想像する。やはり、ドイツに呼び寄せるのではなく、現地で安心して暮らせるようにするのが誰にとっても一番いい話。そういう世の中になるにはあと何年かかるんだろう?





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最終更新日  2015年12月16日 06時55分06秒
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