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車筆太

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2006年09月16日
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 何も起こらないことが、怖いということがありえるだろうか。
 何も起こらないのだから、怖いも何もないだろうとは当然の帰結のように思える。
 
 <以下、完全にネタバレ
 
 『呪霊 THE MOVIE』の第三話は始終何も起こらない。
 不治の病で入院している小学生の幹生は自らの死期を知り「死んだらTVを消した時みたいに何も残らない」と悲観的なことばかりに思いをめぐらせ、不安に陥っていた。兄の卓巳は弟のことを想って死後も霊界があることを証明するために、心霊写真を撮ることを思い立ち、幽霊ホテルへ友達たちと向かう。
 この幽霊ホテルでは何も起こらない。しかも、帰宅すると弟は危篤。そのまま帰らぬ人となる。
 後日、現像した写真にも何も写ってはいない。
 ラストに、海岸でたたずむ卓巳の目の前に、海中からテレビが飛び出し、「幹生くんの人生」と題された映像が流れる。現在に至った所でテレビは海中に没し、物語は終わる。最後にテロップが出る。
 「死んだら何もなくなる」「どうする?」
 これでオシマイ。徹底して怪異は起こらない。

 さて、内田百聞(注1)の『冥途・旅順入城式』(岩波文庫)は比較的入手しやすく、傑作揃いと申し分ない。
 ユーモアと不気味さの混在した『件』も収録されている。件モノには面白いものが多く、小松左京の『くだんのはは』、そのマンガ化の石森章太郎による『くだんのはは』、岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』所収の『依って件のごとし』とか好きですな。
 話がズレたが、その中に『山東京伝』という短編がある。
 
 山東京伝のところで玄関番をしながら、丸薬を丸めている小僧がいる。ある日、京伝と食事をしていると、来客がある。出てみると、小さな人である。「小さな方が来ておりますが」と先生に伝えると、先生はいきなり怒り出した。もう一度、先生と一緒に玄関先まで見に行くと、それは山蟻だった。小僧はクビになった。
 
 どうです、訳が分からないでしょ。
 何かが起こっているようで、何も起こってないようでもある。それでいて不気味な雰囲気に引きずり込まれる。得体の知れない恐怖に質感があるからだ。
 
 もう1つ、貸本時代からひたすら怪奇・SFものを得意とし、描き続けた西たけろうというマンガ家がいる。この人については書きたいことは山ほどあるが、長くなるので今日はサラっと流す。
 西が劇画誌に描いていた中期の頃の作品が収められた『恐怖の肉人形』(東考社)という新書版に『怪奇 後楽園』が収められている。他にもこの頃、何を思ったのか、ひたすら頭に「怪奇」を付けただけの作品を連発している。例えば、『怪奇 巨人阪神戦』『怪奇 近鉄阪急戦』『怪奇 東京競馬場』『怪奇 夜のヒットスタジオ』『怪奇 T局ボウリング選手権』などなど。
 さて、この『怪奇 後楽園』なかなかのもの。
 
 巨人が勝つと自社の製品が売れるという妄想に取り付かれた社長が、首位阪神とのゲーム差が開く一方で、そのせいで業績が伸び悩むピンチを打開するため、『10億分の1の男』や『とっても!ラッキーマン』のようなツキまくっている男を巨人に入団させ、勝利に貢献させようと画策する。
 と、ここで突如として社長の胸ポケットに入っている贋物の十銭硬貨が、戦場で社長の命を救ったという話が挿入され、それを渡されたツキ男が、グランドに落ちた贋物の十銭硬貨を拾おうとしたら偶然グローブの中に打球が入り、奇跡的なダブルプレーによって巨人が勝利をおさめて、物語は終わる。

 あぁ、この眩暈感。
 中期の西にはいくつかの顔があり、得意のSFモノ、耽美で倒錯的な青年誌モノ、オーソドックスな怪奇モノ、そして上記のような微塵もやる気を感じないモノなどである。実はこの傾向は、初期の貸本期からあるので、単に作品のデキの起伏が激しいというだけかもしれない。
 因みに、この数年後に描かれた『霊園にて』という短編でもやはり最後まで何も起こらず、始終、暗く重々しい、白黒のコントラストの強いタッチが醸し出す雰囲気のみが描かれるだけである。
 
 さて、これらは程度の差、方向性の違いこそあれ、どれも雰囲気が作品にとって重要な要素をなしている。
 技巧的なものであれ、物語構成の妙によるものであれ、音楽がもたらすものであれ(意外と重要です)、雰囲気さえ醸成されるならば、モンスターや幽霊は必要ないのかもしれない。もちろん、登場してもらわなくては困るけど。
 2つの『キャット・ピープル』の違いというか、結局のところ、恐怖は過程であって、必ずしも到達点が恐怖である必要はない。
 
 では、『呪霊 THE MOVIE』の第3話もそれを狙ったのかというと、実は違う。その辺りについては、明日につづく・・・。

  呪霊 THE MOVIE市川由衣冥途小松左京原作コミック集キャット・ピープル【字幕版】 ◆20%OFF!

 ↑ほんと相変わらずいいパッケージ。

 注1:
 内田百聞の「聞」は本当は門に月。機種依存文字というタワケタことで表記できないので、Wikipediaを参照
 因みに、私の読んだ岩波文庫版は現代仮名遣いだったが、上のちくま文庫版は分からない。正字正仮名だといいんですけどね。





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最終更新日  2006年09月17日 01時12分54秒
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