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瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内シーカヤック日記

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March 31, 2007
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『明治初年以来これほど発達した漁浦はない。しかもこの地の漁民はどこまでも出かけてゆく。漁船は船の側面に番号かいれてあるが、その頭に府県の記号がかいてある。広島県はHである。そのHとあるものを対馬でも平戸でも五島でも、また天草でも見かけて、きいてみるとみんな豊島からきたという。(私の日本地図_瀬戸内海/芸予の海、宮本常一)』

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『マリちゃん』を出た後は、湊を歩いて挨拶してみても、はなしかけてみても、なかなか話しが続かず、結局家船の漁師さんから話しを伺う事ができなかった。

『沖からかえってきた若者達は退屈である。話しかけたらけんかを吹っかけてきた(私の日本地図)』 あの宮本常一でさえこう綴っている。 これも仕方なかろう。

***

それなら、豊島の銭湯『豊島温泉』にでも入って、汗を流し、何時間も島の集落を歩いた疲れを癒して帰ろう。 でも、銭湯が開くまでもう少し時間が有るので、日向ぼっこでもしようと、海沿いの公園へと向った。
広くて静かな公園の中を歩いていると、ベンチに腰掛けていたおばあさんに声を掛けられた。

***

『どっから来たん』 『こんにちは。 呉から来たんですよ。 今日は良い天気で気持ち好いですねえ』 しばらく四方山話を交わし、自然とおばあさんの隣に腰を掛けさせていただく。

ペリケースを開け、本を取り出し、『実はこの本を読んで家船に興味を持って、豊島に来てみたんですよ』 『えー、この本。 うんうん、家船ね』 『ここに写真が出てるでしょう』
『あらあら、ここに写っとる人は知っとるよお』

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***

70歳だというこのおばあさんは、数年ほど前まで(!)4つ年上だと言うご主人と一緒に家船で漁をしておられたそうだ! これも縁であろう。 エビス様、ありがとうございます。

『18でじいさんと結婚して、それから50年近く漁に出よったんよ』 『豊後水道の方へ行って、太刀魚を釣りよった』

『午前中に聞いた話しだと、和歌山の方にも出漁していた人が居られたそうですが』 『うん、そう。 私らも、35歳の頃には和歌山の方に行きよったねえ』

***

なぜこの豊島で家船文化が生まれ、これまで続いてきたのか?
今回の豊島訪問にあたり、家船の本を読み、Webで資料を探し、これまでの経験を加味して、私なりの仮説を立てて来ていた。

その仮説を検証するため、偶然出会ったこのおばあさんに、一つの質問をしてみた。 『なんで、遠くまで漁に行くようになったんですか?』

『18で結婚した頃はねえ、そりゃあ貧しい暮らしじゃったよ。 小さい島で、兄弟も多くて。 島の廻りで鯛やタコやなんやら釣って、麦や芋や食べよったけどねえ』 『やっぱりお金を儲けるには、魚が多い所へ出て行かんとと思うて。 一生懸命働いて、船を造って、おとうちゃん、稼ぎにいこうやゆうて、それから遠くに行くようになったんよ』

『なあ、兄ちゃん。 人間言うたら十人十色じゃろう。 借金しとうない、遠くの知らん所へ行くのは嫌じゃ言うて、島の廻りで漁をする人も居るし。 大勢の人間が、この島の廻りの漁で食べていく事はできんけえ、地で漁をしたい言う人にはそこで漁をしてもらって、なにがあるかわからんけど、遠くに行って儲けちゃろう思うとるモンは遠出するようになったんよ』

『船造るいうても、エンジンとレーダーやらGPSやら、無線やらいうて付けよったら、3000万とか4000万とかかかるけねえ。 そりゃ太いけど。 かというて、安いもん付けよったら魚も獲れんよー』

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***

『そりゃあ、豊島は女の人が強いわい。 男の3倍は働くよね。 男の人は、漁が済んで、風呂入って、ご飯食べて酒飲んだら寝させるけど、女はそうはいかん。 片付けやら、洗濯やら、なんやかんやいそがしいじゃろ』

『洗濯させてもらうにしても、水をもらうにしても、寄留させてもらう所を見つけて、交渉して、やりとりするんは私らじゃけん。 水をもらうにしても電話を掛けさせてもらうにしても、お金を出してもダメじゃ言う人も居るし、お金なんかいらんいうて親切に分けてくれる人もおる。 人それそれじゃ。 親切にしてくれる人には、魚も分けるし、肉や野菜や灯油なんかもたくさん置いて、何倍にもして返すし』

斜め向いに座った私の膝を叩きながら、『なあ、兄ちゃん。 人は十人十色じゃ。 堅い生活しかでけん人も居るし、もうけちゃろう思うて外に賭ける人も居る。 18でじいさんと結婚したが、この人なら間違いない。 ぜったいに私を養うてくれる思うて結婚したんよ。 ピョンピョン飛ぶほど元気じゃったし、いつもキョロキョロといろんなもんを観察しよったし。 この人なら間違いない思うたん。 人を見る目はあるんよ。 なあ、兄ちゃん』
と、またまたわたしの膝をポンポンと叩く。

***

『男は山を見て、海の底の形を知って、漁ができるようになるまで10年掛かる』

ペリケースを指しながら、『こんな平らな岩の上や、海の底には魚はおらんのよ。 この駆け上がりの所。 ここにおるんじゃけ。 下手に仕掛けを引っ張ったら、引っかかって仕掛けを取られて損するばあ。 じゃけえ、それを覚えるのに10年かかるんよね』

『豊後水道は波が高いけえ、昼間に料理するんは大変よ。 夜のうちによけいに作っとって、昼はそれを暖めるくらいかねえ。 煮しめとか、魚の汁とか。 それでも、波があるけえ、鍋を両手で押さえながら暖めたもんよ。 ほんまにすごい揺れてたいへんなん』

『太刀魚は、大きさによって分けて、5キロ毎に詰めていくん。 これを計るのが重とうてねえ。 一日に何回も何回も重たい魚を計るじゃろう。 肩が痛うて。 でも若い頃は、一晩寝たらなおりょおったねえ』

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『子供をね、島において漁に出るじゃろ。 それが辛うてね。 子供が大きいなってこの仕事の事を理解してくれるようになってうれしかったけど、やっぱり子供と離れて仕事するのは辛いよね』

『そうよ。 お節料理は、男の人が作るんよ。 うちのじいさんは、一番にエビス神社に行きたいいうて、毎年12時5分になったら煮しめを作りよった』 『前の日? だめだめ、12時前に作ったら、前の年のものになるじゃろ。 それじゃあだめよ』 『それでね、煮しめができたらそれを持ってすぐに神社へ行きよったよ。 あー、今年は2番じゃった、マンが悪いいうて、そんな負けず嫌いな人じゃったねえ』

『ケンカ? けんかはほとんどしたことないね。 またねえ、けんかしちょったら、不思議と魚が釣れんのよ』

***

情が深くて豪快で、明るくて気さくなおばあさん。 時にはここに書けない愉快でおもしろおかしい話しがとびだし、二人で笑い転げた。 『いやあ、そりゃあそうですよねえ。 ワッハッハ! こりゃあ面白い!』

気が付くと、1時間以上が過ぎていた。

『おばあちゃん。 本当に興味深い楽しい話しを聞かせてもらってありがとうございました。 ええ勉強になりましたよ。 また豊島に遊びに来て会えたら、また話しを聞かせて下さいね』

『じゃあね。 にいちゃん。 またね』

***

ああ、これぞ『あるく みる きく』旅の至福の一時。

***

『旅の途中から私はこう考える事にした。宮本常一がかつて旅して会った人をがつがつと捜すことは可能だが、それはやめよう。ゆっくりとその土地を歩きながら、旅が会わせてくれる人、宮本常一が会わせてくれる人にだけ会っていこう。それが旅なのではないか。 (宮本常一を歩く、毛利甚八)』

家船の事を漁師さんに聞こうと気負っていたが、結局毛利さんが言う通りだということに気が付いた。 そう、『旅が会わせてくれる人』にしか話しを聞く事はできないのだ。

ようし、じゃあ『豊島温泉』に行くか!

<その4>に続く





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Last updated  April 1, 2007 09:52:57 PM
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