テーマ:旅するシーカヤック(153)
カテゴリ:あるく、みる、きく
午前中の日御碕往復シーカヤックツーリングの後、様々な話しを伺う事ができた生活バスを利用しての買い出しを終えて、猪目海岸に戻る。
テントの中を整理し、さてビールでも飲もうと『特製ベンチ』を見ると、一人のおばあさんがそのベンチに座り、海を眺めていた。 *** 『こんにちは。 ここに座ってもいいですか?』と私。 『ああ、いいよ』 『ここは景色が良いですよねえ。 海もきれいだし、眺めは良いし』 『私もねえ、日に何度もここに来て、海を眺めるんよ』 『本当に良い所ですよねえ』 『そう、この景色は何回見ても飽きんよ』 『あんたはどこから来たん?』 『広島からです。 今朝はあのフネ、カヌーで、日御碕まで往復して来たんです』 『ああ、広島からね。 昔はこの海水浴場にも、広島から大勢の人が来よったよ』 『そうなんですか!』 *** そのおばあさんの話しによると、昭和30年代、40年代の頃は、広島から大勢の海水浴客がこの猪目海水浴場を訪れていたとの事。 当時は、中学校や高校の臨海学校もここで行われ、会社の組合の行事にも使われるなど、とても流行っていたそうだ。 『もうねえ、テントがいっぱいで、浜から海まで歩く隙間もなかったくらいよ』 何も知らない私の勝手な想像では、昔は誰一人来ない静かな浜だったのではないかと思っていたのだが、実際には、今とは比べ物にならないくらい大勢の人出で賑わっていたとの事。 驚きである。 『昔に比べて、海は変わりましたか?』 『うん、昔はもっと水がきれいじゃったよ。 それに、浜が広かったねえ。 当時は、この玉砂利も多くて、浜が広くて、そこで野球をしよる人も居ったくらい』 『それがねえ、工事の人らが重機でここの砂利を持って帰りよった時期があってね。 それで浜が小そうなってしもうたんよ。 ここは、この玉砂利が浜の宝なのにねえ』 そうか、それでこの浜には、バラスを持ち帰らないようにと言う看板が立てられているんだ! そう、この玉砂利は、この浜の宝なんだ! *** 『おばあさんは、ここの生まれですか?』 『いいやあ、私はこの近くの生まれで、途中からここに来たんよ。 もう、86歳になるんよ』 『ここは漁師さんが多いんですか?』 『ここはね、この周りの集落に比べると港が小さいじゃろ。 あんまり漁業には向かんのよ。 じゃけえ、勤め人が多い』 『たしかに、港は小さいですよね。 それに冬になると波が高くなるらしいですね』 『そうよ。 冬に荒れたら、この浜の後ろにある川まで波が来る。 そんなときは、怖くて外には出られんよ。 昔はね、あの河原に大きな海の魚が打ち上げられとったこともあるよ』 *** 『長くここに住んでおられたら、いろんなことがあったんでしょうねえ』 『そうじゃねえ。 さっき、海水浴場の事を話したろう。 私は昔、ここで貸しボートをやりよったことがあるんよ』 『えー、貸しボートもあったんですか!』 『そうそう、広島に住んどった息子がね、ボートを5隻買うて、貸しボート屋をやれ言うてくれて。 それで始めたんじゃけど、結構儲かった時期もあったねえ』 『当時、一ヶ月働きにいって4万円くらいの給料じゃったころ、一番えかった時は、一日で3万円になった事もある』 『そりゃあすごい』 『もうねえ、お客さんが順番待ちでね。 あの頃は、馴染みのお客さんは、夏になったらお土産を持って来てくれよった』 『たしかに、私が子供の頃も、海水浴場で貸しボートを借りて漕ぐのが好きでしたよ。 それに当時は、夏は海水浴が一番の楽しみじゃったし、広島の方じゃあ、海水浴場に大きな海の家があったり、釣り堀があったり、賑やかじゃったですね』 *** 『あそこの建物が見えるじゃろ』 『ええ』 『あれは、温泉じゃったんよ』 『あ、あれが猪目温泉ですか! 地図で見たことがあるんですが、来てみたらなかったんですよ』 『昔は流行ったけどねえ。 でも温泉ができると、温泉があるようなところでは臨海学校はできん言うて、学校の生徒は来んようになった』 『へえ、そんなこともあるんですね』 *** 『あとね、戦争の時は若い人はみんな兵隊にとられとったじゃろ。 そのころ、ここに残った年寄りと女の人で、地引き網をしよった。 ある日、網を引きよったら突然その右の山陰からB29が見えてね、みんな逃げようにも砂浜じゃし、あせっとるからなかなか上手う走れん。 そうこうしとる間に、B29が爆弾を2発落とした。 それが、その沖の、そうじゃねえ、100mくらい沖かねえ。 そこに落ちて。 もうたまげたよ』 『こんなところで爆撃があったんですか!』 『それでねえ、浜に落とされんかったからみんな助かった。 B29からは、あの山を越えて初めて、浜に人が大勢集まっとるのが見えたんじゃろう。 でも飛行機はそんなに小回りは効かん。 それで、急いで爆弾を落としたけど浜に落ちんかったから助かった』 『じゃからわたしゃあみんなに言うんよ。 あの右の山がなかったら、猪目の集落は全滅しとったよって』 『そんな凄い事があったんですか。 でもみんな助かって良かったですね』 この猪目にも、こんなに思いがけない歴史が刻まれてきたんだ。 知らなかった。 *** 会話が途切れた時は、二人で静かに暮れていく美しい海を眺める。 その後も、昔の猪目の事、畑作の事、分校の事などなど、貴重なお話を伺う事ができた。 『さあ、そろそろ帰って夕ご飯にしようかねえ』 『今日は本当にありがとうございました。 いろんなお話を伺えて、本当に楽しかったです。 また遊びに来ますから、時間があったら話しを聞かせて下さい』 *** おばあさんが家に戻られ、その特製ベンチに独り座り、缶ビール1本飲み終えた頃、集落から一人の方が歩いて来られた。 昼間にお話しした、地元の監視員の方だ。 『こんばんは。 だいぶ涼しくなりましたねえ』 『おお、そうじゃの』と言って、特製ベンチに腰掛けられた。 『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック』は、まだ続く。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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