カテゴリ:日々のカケラ
厚い灰色の雲がたれ込めた北陸の空だ。綿あめを工場や車の排ガスであぶったら、こんなふうになるんだろうか、などと想像してしまう。1週間滞在した栃木の粟野の空は、すっきりと透明な青だった。比べることもないけれど、空がその下に住む人へ及ぼす影響というものがあるのなら、全国一、日照時間の少ない金沢の人とは、いったいどんな人たちなんだろう。ぼくもその中のひとりだ。 沈黙断食道場を初めて経験して、気持ちは確かに一段落してしまった。見た目も中味もほとんど何も変わっていないのに、気持ちだけが一段落。だから、このどんよりとした空がありがたい。とても落ち着く。 今日は日曜だったのか。おやじを連れ出して、ふたりで近所の温泉に出かけた。「日帰りか?」と、銭湯なのにとんちんかんなことを聞く。それでも久しぶりの会話が息子にはうれしい。並んで湯に浸かった。おやじの真似をして、頭にタオルをのせた。昔からこうだった。普通のスタイルをなんのためらいもなく好んでするおやじだ。それを見てきた息子は、だから普通を好まなかったんだろうか。自分のスタイル、自分の道と、そんなことばかり求めてきた。タオルをのせてみて、そんなことどっちでもよかったんだと、今になってわかったように、またうれしくなった。 「洗いっこするか」と、息子が言う前におやじが言った。「石けんは使わんでいいよ」。「湯だけかぁ?」と少し驚いている。10年以上もそうだと言ったら、「それは知らなんだ」とまた驚いた。家族なんて知らないことだらけなんだろう。ゴシゴシと、傾くほどに力を入れて擦ってくれた。手加減というものを知らない人でもあるけれど、それがおやじの心なんだろうか。交替して、おやじの背中を見つめた。シミだらけだ。耳の縁も同じように黒ずんでいる。右肩には細い傷がある。どれも初めて見たような気がした。ほんとうに家族なんて知らないことだらけだ。石けんで洗っているうちに、知らなかったおやじを見つけては幸せのようなものを感じてしまった。 することのない息子は、シャワーの湯をほとばしらせて頭を洗っている様子を見ていた。周りに人がいないからいいようなものを、まったくこれではゾウの水浴びだ。豪快だなぁ。決して豪快な人ではないと思うが、仕草だけはどうも違うようだ。何を見ていても、うれしかった。事故以来、運転禁止になったおやじだ。これからは暇な冬。何度でも連れ出してやろうか。外はみぞれになりそうな冷たい雨が降っていた。どんよりとした雲の下は、家族が近くなる。なぜかそんな気がした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Nov 18, 2007 05:49:10 PM
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