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細木数子かわら版

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2009.04.13
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カテゴリ:小説
「初めて会った日を覚えていますか。初めてあなたに会ってから、そうして今の今まで私はあなたに包まれていたのかもしれません。私はあなたが好き。あなたを想うだけで心はときめいて、本当に生きる心地を教えてくれた大切な人。今はこんな風になっちゃったけどそれでも心はあの日のまま。純粋が純粋で居続けることは無理だというけれど本当は嘘。そんなことはない、絶対に愛はある、真実はある、代えられない大切なものはある。それをあなたに会って受け取って胸いっぱいで、そうしてあなたと付き合うってことになって本当に私うれしかった。初めてそうやって人と付き合うっていうことになって、何だか契りを交わしたようで、契約、そんな感じかもしれない。
けれど私たちは一度離れ離れになってしまったね。あのときはほんとどうかしてた。少しあなたを信じられなくなったの。もっと、もっといいものを想像していたのにくっついた瞬間何かがそこから生まれたのね。やっとこれでひとつになれたと思ったら別々になって、もしかして本当は私たち交わってはいけない二人だったのかな。
そんなことばかりを思って、それでも私は、本当に、あなたを忘れることは出来なくて、いろんなことがしたい、あなたと一緒に帰ったり、手をつないだり、遊びに行ったり、二人で共有する時間がもっとほしくなって、やっぱり私はあなたがいないとだめな女で、少し責任をとってほしいくらい。ごめんなさい、でも、それだけ本当にあなたなしの自分なんて考えられなくなったの。そしてやがて病気にかかった」

朗読。原稿用紙なものを手にして彼女は誰に言うでもない独り言のような朗読をしていた。途中、目が覚めたが眠っているふりをして続けてもらった。
「人生って自分の思うようにいかないものね、これから、もっといくらでもあなたの傍にいれるかもしれないってときに病気だなんて。最初の頃はちょっとした頭痛だったの。それがだんだん検査をしていくうちに重い病気だと分かって。長くない、そんなことも何となく分かっていたわ。分かるもの、体がちっとも言うことをきかないし、だんだん体が細くなっていって、髪の毛だってほらこんなに減っちゃって。
もっとオシャレしたかった、もっと勉強したかった、もっといろんな世界を見たかった、そのどれもがもう叶わないと思うと、ただ、あなた、もうあなたしかいなくなったの。あのときの自分の気持ちをもっと素直に正直にあなたにぶつければ良かった、でもそんなものよね、なかなか言えない、何なんだろうね、青春って。
青春はいつまでたってもあるものだって言うけれど、それは嘘。やっぱり、うそ。嘘。ウソに決まってる、純粋なときこそ青春、きっとそう。お互い年をとったね、もう私たちの青春は無理?あなたはどれだけの世界を見てきた?私はあのときから変わってない、ただいつも天井だけを見てあなたを想ってきた、これで青春が終わった、と言われれば何も言うことはないわ、けれどね、本当にもうあなたしかいないの」
彼女の告白に真治は涙を流さずにはいられなかった。止めることは、どうしても出来なかった。

 告白が終わるとしばらく静かになった。なかなか起きる機会を見出せずにいた真治はゆっくりと涙を拭いて、ゆっくりと起き上がった。彼女は寝ていた。少し妙に感じた。あれだけ生死をさまよっていた彼女が術後すぐにこうして文など読み上げることが可能だろうか。枕もとに確かに原稿用紙はあった。しかし先ほど聞いていた内容以上のものがずっしりあった。どれだけあるのか、何十枚、もしかすると何百枚かもしれない。彼女が起きるまでその告白をしっかり受け止めようと思い、真治は読み始めた。涙が止まらなかった。
「私があなたと付き合い始めて許せなかったことがあるの、周りを気にするあなたの仕草。すごく男らしくなくて、そんな人だとは思わなかったら理想と現実のギャップに参ってしまい何が何だか分からなくなったの。連れ出してほしかった。
連れ出してそれで学校なんて放り投げてどこかに二人で行きたかった。それくらい私を想う気持ちを全面に出してほしかった。周りなんてどうでもいいじゃない、言いたいように言わせておけばいい、結局本人達にしか何も分からないんだから。私がどんなであなたがどうであっても、愛することを選んだんだから自信をもってほしかった。酷なのも分かるけど。あのときは本当に辛かったね、一度、あなたが授業をサボって抜け出したときがあったでしょう。私あのときは心配した、きっと何かが起こったって。
結局ただサボっただけだったらしいけどあのときは何を思っていたの。それから、あのときあなたは学級委員をしていて、起立、礼、って号令かけてたけど、あのときの声が切なかった。たまに鼻水の音もしてなおのこと切なかった、あのときは少しずつ夢から覚めていってたのかもしれない。けれどそれきり、夫婦にだって一度や二度は喧嘩はあるわ、きっとそんなもの、私たちが交われないなんて誰が決めた?ねえ、もっと、お願いだからこっちを見て」
気がつくと彼女は起きていて、互いに涙を流しながら抱き合っていた。

 死は刻々と近づいていた。真治は少しだけ嫌な想像をした。その想像は恐らく人として一番してはいけない想像であった、別れ。もう自分はどこにも行かないけれどそれでも彼女のほうが先に行ってしまう、自分はぐらついていた。彼女の愛を受け止められるか、そして徐々にその愛に自分は侵され始めていて、病魔に似た中毒にだんだんと自分の体が支配されていって、そうなって完全に彼女がいないといけない体になってしまって、それで彼女が消えて。彼女がいなくなって自分がもぬけの殻になるのが少々辛く感じられた。上辺だけの愛は気づかれる。上辺だけの付き合いはそれ以上に相手を傷つける。ならば全身の力を使って彼女の愛を受け止める。受け取った。そして一時の感情、刹那、彼女がいなくなる。どうしても耐えられそうになかった。
 愛は一つだとも思った。真治は他にもう一か所愛を提供する場があった。そこは本当に神聖な場所でそこで自分の愛は精一杯だった。それがどうだろう、彼女に再び会って、愛する人の了承を得ているとは言え自分の愛には比率が発生し始めていた。それでも。それでも。彼女のいる限り、自分はここにいないとだめなのだ。
「すごいね、文。こんなにいっぱい書いて」
「ううん。真治君のほうこそ、ほら、絵」
病室には自分が持ってきた絵がびっしり飾られていた。そのどれも一つ一つが彼女にとってはお気に入りでかけがえのないものに変わっていたらしい。
「どれが一番お気に入り?」
「・・・これ、かな」
その絵は彼女が描かれていた。綺麗で美しい高校の頃の彼女。
「このときが、良かった?」
「ううんそんなことないよ。今もきれいだよ」
「まあ。そうやって、色んな人を、だましてきた、の?」
「そんな言い方ないでしょ。そんなことないよ、言う人にしか言わない」
「今の彼女、には?」
「言うよ」
「どんな風に?言ってみて」
「やめてよ、恥ずかしい」
「なんで、お願い、言って」
妙に悲しくなってしまった。破るわけにはいかないと思った。
「きれいだよ、本当に」
そうやって騙しの愛がいつかばれてしまうのではないかという不安に駆られるときがある。現実を知ったらさぞ悲しむであろう彼女の姿も容易に想像できた。騙し、と言っても本当に嫌いかと言われればそんなことはなく、少しはあった。本当に好きになったらまずいというストッパーがあった。ただこうして多くの時間を彼女のお見舞いに注ぎ、ときには大学の授業がつまらなくて抜け出す日もあって、そうやってただなんとなく彼女のことを思う日も少しずつ増えてきて、若葉も青々と、ゆっくりと暑い季節に向かい始めた。彼女の病気のリミットはもうとっくに過ぎているという、医者曰く奇跡だと。
彼女を何だか悲劇のヒロインか何かに仕立て上げようとしていた。彼女は死んでいない、生きている、生きて、自分との会話を楽しんでいる、彼女にも人生がある、残された人生がある、医者はここまでもったのが奇跡だと言った、だからどうした、今に、今にもっともっと良くなって自分よりも元気になるかもしれない、そしてまた違う人に恋するかもしれない、たまらない。真治はどうしても聞いておきたかったことを思い出した。
「一つ聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「大したことじゃないかもしれないけど聞いてほしい。あのときのこと、やっぱりどうしても謝っておきたくて」
「高校の?」
「そう、ほら、花見のときも話したけど返事がなくて」
「ああ、うん。ごめん、ね。返事しなくて」
「いやいいんだ、悪いのは俺の方だし、ほんとどうかしてた・・ほんとごめん、ごめんなさい」
「いいよ、もう」
「許してくれる?」
「うん」
「本当に?」
「うん」






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最終更新日  2009.04.13 13:09:42
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