カテゴリ:小説
「アカツキに見た光、電球のように輝いて見えて、とって変わって生まれた恋愛同盟―。」
アカツキ→電球→恋愛同盟→お守り、とこんな風に題名変わってます。 出会いはどうにでもなるものじゃない。本当に限られた人としか出会うことはない。だからこそ出会いというのは大切で一期一会、まさにそうだった。通り過ぎ行く人とも話すことは出来ない、急に恋愛だなんて発展するわけがない。そうやって限られた場所でしか会えない二人は限られた場所で会い、限られた恋を始める。始めはお互い何も話せないでいるけれど徐々に会話を見つけては精一杯の笑顔で返す。そして二人はお互いにとってはだんだんとなくてはならない存在に変わっていき、そのときこれが恋だと気づく。 彼女との出会いも恋だった。そして彼女以外の人の出会いも恋、だった。 ただ種類の違う恋だった。永遠の人だった。 僕が絵を描いて、彼女は文を書くように、交わるようで一生交わらない恋だった。 彼女の訃報は突然だった。携帯に留守電で妹さんの涙交じりの声が入っていた。 熱い夏の日差しが入り込もうとしていた7月、彼女は、旅に出た。 「熱い中すいません」 喪服の妹さんは、手にはハンカチを手放せないでいた。準備が中では進んでいた。仮通夜ということでまだそんなに人は集まっていなかった。初めて、彼女の家に入った。 「お姉ちゃんは幸せでした。真治さんに出会えて、最後まで真治さんに看取られて」 正確には看取ることは出来なかった。今日もいつも通りお見舞いに行こうとして、渾身の絵が出来たと自慢できると思って浮かれて行っている最中に電話が鳴り、バスの中で出ることも出来ず携帯に耳を澄ましているとやがて留守電に変わり、留守電にすすり泣きが聞こえてきた。目の前が真っ白になり、ただ彼女の病室を急いだ。そこに自分の知っている彼女はもういなかった。 無言の帰宅。そうして言われるセリフは聞くだけならまだしも体感するとはなはだ気分が優れない。棺桶に入った彼女はその中で静かに眠っていた。白雪姫は、永遠の眠りについた。和室に彼女は入って行った。そしてゆっくりと人が集まってきた。彼女の両親は自分が入ってきて何も言わず静かに彼女の近くに座らせた。そこは身内の場所だった。血も何も繋がっていない、彼女の彼氏であったわけでもない、それなのに両親はそっと座らせた。 「あの子、よく頑張ったんだけどな」 父親が言葉を選ぶように話し始めた。真治は唇を噛んで静かに聞いた。 「君がいて、本当に良かった。君がいなければ、ここまで百合は生きることはできなかった」 周りではすすり泣きがそこかしこから聞こえた。真治は泣くまいとこらえた。 「今日はほんと遠いところを来てくれてありがとうね」 彼女の母親も涙交じりに話し始めた。彼女の実家は自分の住んでいるところから少し離れたとこにあった。自分とそして彼女が過ごした青春の詰まった町だった。君のいる町へ、そうして二人は帰ってきた。 「いえ。大丈夫です」 「ほんと、ほんとに・・・」 母親はぎゅっと手を握ってきた。その手のぬくもりは湿っていた。 身内の死。彼女のいる和室で様々な訪問客を見ながらそのことを考えていた。身内。真治には記憶に新しいある一人の不幸があった。同級生のいとこ。中学生の頃だった。そしてそのときもちょうど今日と同じように夏の熱い日だった。そして今日と同じようにジメジメとした雨が降っていた。悲しかった、そしてひどく体が引き裂かれる思いがして、彼は枯れ果て、小さな骨だけを残して自分たちの所から姿を消した。あれから十年、それでもたまに思うときはあって、そうして亡くなった人のことを思うことはよくないという話を聞いていて、それでも思わずにはいられない日もあった。そしてあの日を思うと蘇る自分の中の決意。 彼女は身内ではなかった。けれど周りは身内のように扱った。自分を知らない訪問者が自分のほうにもお辞儀するのがどうにも解せなくてもどかしかった。 「真治、君?」 どこかから声が聞こえた。黒化粧をした女性が一人、自分の目の前にやってきて、やがて真治は席を外した。 「久し振り」 彼女の親友、郷田さんだった。悲しみを押し殺していた。 「久し振り、あのとき以来かな」 「そうね」 郷田さんとは一度病院で会ったことがあった。彼女もまたたびたびお見舞いに訪れていた一人だった。 「皆は?」 「まだ来てないみたい。急で来れない人も」 「そっか・・」 煙草に火をつけた。外は相変わらずの大雨でなかなか止みそうにない。 「ひどい雨ね」 「うん・・」 「今日はどうやって?」 「電車で。郷田さんは?」 「私はバス。皆明日には来れるといいけど」 「来るさ、・・きっと」 雨の勢いはとどまるところを知らなかった。 その日は彼女の家に泊まることになった。始め、断ったが、 「いいんだ。話したいこともあるから」 父親の説得もありそれを了承する形になった。概して気を遣う場所に来たと思った。細心の注意をしてもそれでも足りないくらいの場所だった。周りは、それでも多少明るかった。 「真治君、いっぱい食べなさい、お腹空いたでしょ」 「すいません」 母親はせっせと台所を舞っていた。自分の他にも親族の方だったりがいて、気まずさはいよいよだったが皆が一応に納得していた。温かい場所なんだと思った。気が楽になった。 テレビではドラマがあっていた。小さい子供がゲームをしていた。ある大人はお酒を飲んでいた。世間話をする女性がいた。皆思い思いに悲しみを断ち切るかのように自分を保とうと必死に見えた。あまり落ち込んでいてもいけないのかなと感じた。 「どうだ、真治君も一杯」 父親が横に座ってきた。リビングは広々としていて何人でも入れそうな所だった。 「飲めるほうか?」 「まあ嗜むくらいは」 「若いんだから遠慮せずに飲むといい。自分くらいの年齢になると飲みたくても飲めないから」 父親の髪は白髪に染まっていた。 「実家はどの辺?」 「ここから少し行ったところです」 「そうか、じゃあ高校も近いな」 「はい」 「高校の頃は世話になったようで」 「いえ」 高校、少し唾を飲んだ。 「節介だったかもしれません」 「そんなことはない。あいつが選んだんだからいいに決まってる。そうだ」 おーい、と父親は母親を呼んで何かを取りに行かせた。持ってきたものは見覚えのあるものだった。 「アルバムですか?」 「そう。どれどれ」 自分も持っていた卒業アルバム。見るのは卒業した以来だった。そこには今とは違う人が沢山映っていた。食い入るように見ていた彼女も、若く存在していた。そして現在彼女は存在しない。亡くなってヒーローのように扱われる人がいるが、そんなのは嘘、人は存在して人だ、存在していない人なんて、そんな人なんて。 「これが君か。面影あるなぁ」 父親は少し酔い始めていた。娘を失った悲しさが嘘のように感じられた。こうするしかほかにないこともすぐに感じ取れた。 「いえ。彼女も、ほら」 「ああ、そうだ。うん」 「美人でした」 気がつくと周りにいた人たちも自分たちの周りに集まり始めていた。美人、の言葉に皆一応に反応した。 「百合ちゃん、美人ね」 「小さいときもそうだったけどこの頃は特にね」 「それがね・・うっうっ・・」 右にいたおばさんが再び泣き始め一同は慰め、そして真治は今までこらえていたものが再び出てきそうになった。言いようのない切なさを隠すことが出来そうではなくなり、眩暈を感じた。辺りが一面濃い霧に覆われてしまったような不思議な、そしてどうしようもない痛みが胸に。彼女は、もう、いない。 「どうした、大丈夫か?」 「少し、外の空気吸ってきます」 外に出て、犬の鳴く声がして、思わず吐いた。嗚咽に嗚咽を重ねたようなあまりの気持ち悪さになおのこと吐いた。お酒のせいか、何なのか分からなかったが、何だか吐いてはいけないようなものまで吐いた気がした。ひとしきり吐き終わるとさっきまで我慢していた涙が少しずつ思い出したように出てきて、気がつくと泣き叫んでいた。我慢が止まらなくなった。 「彼女がいない、彼女はどこにもいない、どうしてなんだ、なんで彼女だけに不幸が舞い降りる、どうして自分じゃないんだ、どうして、どうして」 ここが人の家の前であるということを忘れた。幸い、庭が広がる以外は何もないところだった。泣き終え、涙が枯れた頃には、そしてやがて真治には別の感情が。むしょうなものがこみ上げた。何だか分からない感覚がよぎって、それが何なのか、高校の頃を思い、先程のアルバムのことを思い、気がつくと、ただゆっくりと走り始めていた。誰にも言わずそっと一人で。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.04.13 13:40:47
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