ドラマで思い出す事もある
昨日の「1リットルの涙」の感想を書いて他に「1リットル」の感想を書いた方のブログを読んで回っていると、自分は障害者の方と同じクラスになった事があると言う方や自分は障害者のお世話をしていると言う方や自分自身が同じような病気だと言う方が意外と多く。。。皆さん、それぞれに思った事を感想にしておられ、経験した事があるだけに、そのお話は重い物だったりする事が多い。感想ブログを回っていたら私も思い出した事がある。小学5年の時にSくんと言う男の子と同じクラスになった。彼は活発で、やんちゃで口の悪い子だったが、顔はとてもキレイだった。今だったら、さしずめジャニーズに推薦したいような子だったと思う。足はカモシカのように細く長く、運動神経が良くて体育の時間は何をやらせても彼の独断場だった。Sくんの事を好きだった女の子も1人や2人はいたに違いない。しかし、ある時から彼は学校へ来なくなった。病気で入院したらしい。そんなに仲が良かったわけではなく、お見舞いには行かなかったが、皆で千羽鶴を折った記憶がある。6年生になった時、彼は教室に帰ってきたが、その日は私だけではなくクラスの全員が彼を見て息を飲んだ。姿が全く変わっていた。カモシカのようだった足も何もかもが、かつての3倍は脹らんでいた。顔も。。。こんな事を言っては叱られるだろうが、私が思った第一印象は「オカメ」。細面でキレイだった顔もホッペタを中心に赤く大きく脹らんでいた。まるで別人になってしまっていたのである。その時、私は子供心に彼をバカにするような事は一切言ってはならない、と悟った。多分、クラスの全員がそう思ったに違いない。子供は残酷な面もあるが、無邪気な所もある。彼のやる事は随分ゆっくりになっていたが、誰も彼を迷惑だとは言わず、そのまま普通に何事もなかったように元からいたクラスの一員として卒業式まで仲良く過ごした。彼は退院した後からも相変わらず口が悪く、明るく、いつも笑っていた。彼の笑顔しか記憶にない。泣いている所など見た事はなかった。私は6年生の最後の方に別の市に引っ越しをしていたので卒業後は皆と全く別の地域に住み、誰も小学校の友達がいない中学へ入学、そのまま昔の友達の事も忘れてしまい、それなりの中学校生活を送っていた。中一の夏休み、突然小6の時の親友から電話があり、私はSくんのお葬式へ行く事になった。小学生の無邪気な頭の中では、退院したと言う事は病気は治ったと言う事であり、こんな日が来るとは全く思いもしなかった。お葬式は、ちょっとした同窓会の場になり、それほど仲が良かったわけではない私は、ただ驚くだけで泣いた記憶はない。腎臓が悪かったのだ、と言う。身体が脹らんでしまったのは、薬の副作用であり、病気は決して完治したわけではなかったのだ。彼は、なぜ笑っていられたのだろう。運動神経抜群だった彼は自信に溢れた男の子だった。顔が綺麗な事だって、自分でも十二分に解っていたはずである。自分の身に起こった変化を受け入れるのに、どれだけ時間がかかった事だろうか。小学生だって、無邪気な年齢だって、傷つかないはずはなく。。。きっと彼も苦しんで泣いた日がいっぱいいっぱいあったに違いない。私たちの無邪気な言動は彼を傷つけた事はなかっただろうか。私たちの存在は彼の助けになった事はあっただろうか。彼の思いや涙に30年近く経った今頃気づき、私もまた、今さらながら涙を流したのだった。