Spring Break Collection 2010/DJ Kennedy&Co. Vol. 5

March 15, 2010

テーマ：Love Songs(54)

カテゴリ：Love Songs

これもかなり昔の話なのだが、ちょうど3月の中旬。

NYU(ニューヨーク大学)の近く、Greenwich Villegeに佇むOlive Tree Cafeという店が
昔から大好きだ。店の中はほの暗く、壁にはチャプリンの無声映画が映されている。
日中ならひとりで行ってもなかなか楽しめる。夕方からは賑やかで、カフェよりも
バーの様相。階下ではスタンダップ・コメディ。有名なコメディアンも顔を揃える。

そしてここ、もう1つ素敵な道具を持つ。テーブルトップがチョークボードになっており、
トレイにチョークが何本か置かれている。恋する二人はテーブルを挟んでお互いの
思いを描くのだ。中には、ちらっと見ただけでさささーと引いてしまうものもあれば、
消すのがもったいないくらいの見事な似顔絵などもある。おそらく近所の売れない(?)
芸術家だったりするのだろう。

そして今夜、残念ながら密かな楽しみにしていた後者（似顔絵）はおらず、代わりに
前者がしっかりいた。これもまぁ、ここの名物と言えば言えなくもないから仕方ない。

"Jack loves Cassy"
"Cassy loves Jack"
"Jack loves Cassy more"
"Cassy loves Jack more + more"
"Jack loves Cassy more + more + more"

だんだんと面倒になってくると、簡略化される。

"J lvs C mo + mo + mo + mo + mo + mo....."

あっそ、な感じである。

　　

　　　　　

まだまだ寒い土曜午後7時、私は当時の恋人と可愛らしくヴァニラシェイクなんかを
飲みながら、ジャックとキャシィとまではいかないがお決まりのチョークボード・
チャットを楽しんでいた。

ふと、彼の背中越しに、彼の後ろのテーブルが目に入った。ジャケットの下に
NYUのスウェットを着たカップルが、リバーシを描いて遊んでいた。なるほどここで
ゲームをするのも良いデイトだ。けれど私達はその晩行く予定のライヴの話に夢中で
（だからここではお酒を入れない）テーブルの上はもう訳の分からない絵だの言葉だの
注文してもいないサンドウィッチやアイスクリーム・サンデイの落書きだので埋め尽くされ、
リバーシのますを描く隙間は残っていなかった。

暫くして、ジャックがキャシィに提案しているのが聞こえた。

「このままじゃ終われない、10でやろうよ」

つまり、升目を増やして対戦しようと言うらしかった。この様子ではどうやら
キャシィの連勝中は確実、ジャックの本気は負けが込んでいる証拠だ。

「いいわよ、勿論」の声もちょっと生意気で私の恋人は「ああ、今のはヤバイよ」と
眉間にしわを寄せて笑った。そして彼の心配は的中する。

きっとデイトでここにいるはずなのに、何故そこまでリバーシなんぞに必死になる？
だいたいジャックもジャックだ、せっかくの週末の夜を恋人と二人きりで過ごして
いるのだ、盛り上がるのは大いに結構だが、何も自らムード台無しの方角を取らずとも
良いではないか。

彼等はもはや、見つめ合わない。その姿は、感情的なNHKの名人囲碁対局である。
相手の出方を必死で読み、気に入られない手を使うとそこがカフェであることなど
すっかり忘れて本気で頭を掻き毟り、悔しがっていた。

二人の戦いは、やがて店全体を巻き込んだ。私達も、奥のテーブルで手を握り合う
悩ましいカップルも、後から入ってきた中年夫婦もウェイトレスも店長もクックも
彼等のテーブルの周りに椅子を持ってきて座り、恋人同士の激しいバトルを食い入る
ように見つめた。ボードになる線はその時10X10マスに増えていた。

ここで、連勝中のキャシィがジャックを煽り立てる。

「ねぇ、最後の勝負に負けた方が、公園でアレの真似ってことにしましょうよ」

後に引けないジャックは「望むところだ」

アレって、なんだろう？

（つづく）

今夜は久々の第5弾、DJ Kennedy & ほろ酔いロック野郎sによる春のコレクション。
仲間うちでもダントツ、極上の優しさを持つLarryのオススメは、Stephen Bishop.
Ambrosiaのこの曲を聴くと、春の太陽が眩しい空の下で、深呼吸をしたくなります。