殺人の追憶
最近は日本とアメリカ以外の映画をなんとくなく見ています。先日書いた惑星ソラリス、ストーカーだけでなく、ヤン・シュバンクマイエルの「アリス」、台湾の「看見台湾」も見ました。他にもいろいろと見たい映画はあって、台湾映画の「悲情城市」や「セデック・パレ」も見たいし、アレハンドロ・ホドロフスキーの映画も見てみたいし、ルネ・ラルーの「ファンタスティック・プラネット」も見てみたいと思っています。そうした中で、気になっていた映画を一つ見ました。韓国映画「殺人の追憶」です。ポン・ジュノ監督の映画では「グエムル」を見ていて、これがなかなか面白かったのですが、世評ではこの「殺人の追憶」の方が評価が高く、アマゾンプライムで無料で見られるため、見てみました。すごい映画でした。なぜ評価が高いのかよくわかりました。なかなか邦題でよいな、と思う映画は最近あまりなかったのですが、この「殺人の追憶」という邦題も実に素晴らしいと思います。岩城太郎のスコアも本当に美しく素晴らしい。死体の描き方や暴力の描き方の容赦のなさは、リアリズムを感じさせます。ゆるく始まりどんどん緊張感を高めていく物語の進行、コメディ要素、アクション要素、ホラー要素などが入り混じりつつ圧倒的なサスペンス感で統一する雰囲気とか、構成の見事さに舌を巻きました。役者陣も素晴らしいですが、特に主役のソン・ガンホの存在感が好きですね。何度も見返してしまっています。以下、ネタバレありで書きます(見た人向け)。殺人の追憶【Blu-ray】 [ ソン・ガンホ ]牧歌的な農村の風景から始まるこの映画ですが、連続殺人事件の捜査を進めていく刑事たちの物語ですから、どことなく不穏な空気が冒頭から流れています。この雰囲気を岩城太郎の抒情的なスコアが高めていきます。最初は主人公たちのひどい捜査(暴力に基づく自白強要など・・・ただこれは実際に当時の韓国警察で問題になっていたようです)でコメディ的な要素が前面に出ているのですが、ソウルからソ・テユン刑事(キム・サンギョン)がやって来たあたりからだんだんとサスペンスの要素が強くなっていきます。間抜けな(笑えてしまう)捜査をしているパク・トゥマン刑事(ソン・ガンホ)と対比して、「書類は嘘をつかない」と言いつつ、論理的に証拠に基づく捜査をしていくソ刑事。次第次第に犯行の統一性から、犯人が活動をする時がどんな時が特定されていきます。そして描かれる、犯行シーン。この序盤の犯行シーンは、その描写、音楽の使い方など完全にホラー。特に犯人が姿を現すシーンの作り方は素晴らしく、秀逸なホラー描写にぞっとしました。中盤のチェイスシーンは岩城太郎のスコアと相まってものすごい迫力。全速力でおいかけるシーンの力強さに、走るシーンも描き方によっては素晴らしいアクションシーンになるのだなと思いました。そして浮かび上がる有力被疑者パク・ヒョンギュ(キム・ヘイル)。しかし明白な証拠はない。それまでの自分の捜査方針を見直し、ソ刑事の冷静さ合理性に寄り添い始めるパク刑事。他方、証拠のなさから追い詰められていき、それまでの証拠を重視した捜査方法すら捨てかねない心理状況に陥るソ刑事。ただ一つ、犯人のDNAが採取され、アメリカでのDNA鑑定を待つばかり。この焦燥感は、見るものと刑事たちの気持ちをうまくリンクさせるように演出されていたと思います。そんな状況をあざ笑うかのように、犯人は物語上最後の惨劇を引き起こします。その絶望。この惨劇で、ついに二人の刑事の関係性は逆転します。明白な証拠はないのに被疑者に暴力的に迫るソ刑事。そんなソ刑事に待望のDNA鑑定の結果をもってくるパク刑事。しかしながらそこに書かれていた結果は全てを否定する内容。ソ刑事はその証拠を「これは嘘だ」と言い、やりきれない怒りを被疑者に向ける。これを抑えるパク刑事。結局、被疑者は暗いトンネルの奥へと去っていきます。それを見る二人の刑事には、ついに犯人を特定できなかったやりきれなさが漂っていました。全ては被疑者と同様、暗いトンネルの先に消えていく・・・。終盤の絶望的な流れは、実に重たい。これがこの映画の特徴なのでしょう。それから十数年たって、刑事をやめてサラリーマンをしているらしいパク刑事は、最初の遺体を発見した現場を通りかかり、冒頭のシーンと同様に側溝の中を覗き込みます。それをみた女の子が言います。つい最近、ここに来た男の人がいると。その男の人は「かつて自分がしていたことを思い出してここに来た」旨を述べたというのです。そう殺人者による「殺人の追憶」です。そして最後、映画は現実に対する無言の問いかけで幕を閉じます。このラストシーンとこれを彩る岩城太郎の美しいスコアの前に、何も言えない感情に圧倒されました。この映画は韓国で1986年ころから発生した「華城連続殺人事件」をモチーフにしています。現実にはこの連続殺人事件の犯人は捕まっていません(後日注釈 2019年についに犯人が発覚しました。この記事を書いたときは捕まっていないので文章は残しておきます)。映画を見た後で調べてみたのですが、映画に登場する被疑者は実際の被疑者をモチーフにして描かれていたようです。(当時)未解決事件の映画化ですから、当然最後まで犯人はわからないわけです。ですので、犯人が分からない物語って面白いのだろうか、とみる前は思っていたのですが、絶望感を醸し出し圧倒的な力で感情を揺さぶってきました。これはすごい映画だ、と素直に思いました。有力な被疑者であるパク・ヒョンギュは結局犯人だったのか?ネットで見るとノベライズでは犯人とされていたようですが、映画を見る限りは、少なくとも映画の作り手は彼は犯人ではない、と考えて作っているのではないかと思いました。DNA鑑定の結果と、最後の少女の顔立ちに関する言葉などからの推測にすぎませんが。いずれにしても本当に重く、それでいてきちんとエンターテイメントもしている作品でした。ところでグエムルの時にも思ったけれど、ポンジュノ監督は飛び蹴りが好きなんでしょうかね。今回もソン・ガンホが見事な飛び蹴りを披露していました。アクション的でありながら妙なおかしみもあって、飛び蹴りシーンは個人的には好きです。以上とりとめのない感想になってしまいましたが、本当に面白かったので書き連ねてみました。今度はポンジュノ監督作品では、「母なる証明」「オクジャ」あたりも見たいです。