テーマ:詩&物語の或る風景(1049)
カテゴリ:童話や絵本とファンタジー・・
久々に物語を書いてみました。
「カモメのナナ」 地中海のほとりの急な坂道の多い、赤レンガと白い建物が並ぶ港町。山へと駆け上がる風が気持ちよくて、その風に乗ってナナはどこまでも高く空に舞い上がり、太陽をキラキラと反射する海や、小さくなった町の屋根を見下ろして、右に、左に、ヒラリヒラリと飛びながら、ある一点に向けて急降下をしてみたりする。 ナナはこの町の風が大好きだった。 けれど、ナナは元はといえばこの町のカモメではなかった。ナナのいた町は、戦争でそのすべてが火に包まれて滅んでしまった。 襲い掛かる炎から命がけで逃れ、生まれた町から遠く離れるしかナナの生きる道はなかった。 その時にナナは家族も、友も、友人も、恋人も失った。 火傷だらけで海岸に打ち上げられたナナには記憶すらはっきりと残っていなかった。 毎日、新しい町で泣きながら、ただ自分が生き残った理由を考えることしかナナにはできなかった。 この風の中の潮の香りに含まれた友人との思い出を想い、山の頂にある青空の先に家族との日々を想い、太陽を照り返しキラキラと揺れる光の中に恋人の面影を想った。 ようやくできた仲間たちとのたわいもない会話の途中にもふと、ふと生きている奇跡を想い、魚に群がる鳥たちを眺めては、幸せの意味と命の不思議を想った。 ある日、見晴らしのいい丘の上の家のてっぺんから夕陽を眺めていた時、その赤い夕陽を横切るカラスに、ナナは何か大切なメッセージがあるような気がしてならなかった。 一直線に飛んでいたカラスはまるでナナの心の変化を読み取るように、ふとナナを横目で見てからゆっくりと旋回し、りんごの木の上に止まった。 ナナはすぐにそれに続いてその木へと旋回して飛んで行った。ナナは真っ白なその枝に止まり、漆黒のようなそのカラスの瞳を覗き込んだ。そこには人生の謎を解く鍵が埋め込まれているようにナナには見えた。 しばらく2羽はお互いに黙ったまま動かなかった。そしてナナが「あの・・・」としゃべりかけた時、それを遮るようにしてカラスは話始めた。 「お前の考えている事はよくわかる。」お前の瞳はもうしばらく涙を流していないかもしれないが、お前の心はいつも絶え間ない涙を流し、それがお前の人生の潤いと渇きへとつながっている。 ナナの心がドキリと音を立てた。 カラスはそのまま続けた。お前はとても純粋だな。それはとても素晴らしいことだ。目の前の事から決して逃げずに、それをしっかりと見つめ、自分の中から懸命に答えを導こうとする。けれど、それ故に悲しみを抱えてしまうこともきっと多かろう。 一つ知恵を授けよう。涙ではなく心の泉から溢れる水でお前の心を満たすんだ。雨の日には雨の歌を歌い、溢れる想いを空へと預けるために歌い、海の青さを心に刻むために歌うんだ。 自分の心を優しさの羽で包み、そこから暖かい泉をを生み出すんだ。 「え・・?それは一体・・」とナナが言いかけたところで、カラスは飛び立ってしまった。ナナはりんごの木の上で一人ぼんやりと今のカラスの言葉を思い出していた。はっきりとはわからないけれど、少しだけ心が温かくなったような気がした。 近くのりんごをつつきながら、ナナは今の言葉たちがきっといつか、ナナの大好きなひまわりのように大きな花を咲かせて、ナナに生きる意味を教えてくれるに違いない。なぜだかそう思った。 ナナが顔を上げると、静かに風が吹いてきて、りんごの木の葉を揺らした。ナナは誘われるようにその風にのって飛び上がった。 そして歌を歌った。風に乗せて、家族への思い出を歌った。 それはあっという間に風に飛ばされていってしまったけれど、ナナは心がほんの少し軽くなってきたのを感じた。 そして次の瞬間気がつくとナナの目からは涙が溢れていた。 その涙は風に飛ばされ、キラキラと輝いた。そしてナナは歌い続けた。歌に合わせて涙が溢れ、そして風に飛ばされた。 止まることのない涙を感じながら、吹き上げてくる風がどんどんをナナを空の中へと押し上げていき、地上が、町が、海がどんどん離れていった。 暖かい太陽の光と、冷たい風の中で、ナナはふと、心の中の泉から暖かい水が少しずつ溢れてくるのを感じた。 その水はナナの心の中心から湧き出し、胸から背中、おなか、首すじかや顔や、翼や足先にまでナナを満たしていって、暖かい思いでナナを包んだ。 ナナは嬉しくてたまらなくなって、そのまま飛び続けた。そして空に向かい、空の歌を、海を見下ろし、海の歌を歌った。同じ空を飛び、海を見つめた友や恋人の歌を歌った。 ナナの涙はやがて海の輝きをさらに輝かせ、心の泉から溢れた思いは空をもっともっと青く染めた。ナナの心はもう一人じゃないことを知った。カラスにありがとうと呟き、いつしか涙の消えた瞳で、ナナはゆっくりといつもの町へと弧を描きながら降りていった。 おしまい お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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