テーマ:政治について(20230)
カテゴリ:Politics
韓国は国是として反日を徹底、反日教育も推進して未来永劫も続く反日体制を維持する政策は変化の兆しも見えません。 日本が敗戦後、連合国の占領に晒されている時に、李承晩ラインを設定して日本漁船を拿捕してその船を奪取するだけでなく、古来の日本領土であった竹島を不法占拠して、韓国領土と宣言したのですから、国際法上も違法の措置を強行したのです。 これに対して、直接的な国交断絶はせずに、「助けず、教えず、関わらず」と言う多少穏便な非韓3原則を提唱するに至りました。 韓国の不実はいまに始まったことではない。明治の傑出した知識人、福澤諭吉は既にそのことを看破していた。「脱亜論」で彼はなぜ朝鮮を見限ったのか。その背景にある思想に学ぶべきだ。 《されば斯る国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前にして毫も意に介すること無し。既に従来の国交際上にも実験したる所なれば、朝鮮人との約束ならば最初より無効のものと覚悟し事実上、自ら実を収むるの外無きのみ》(時事新報1998年10月) この言葉は、将に現在の日韓関係の本質を言い当てているではないか。但し福澤は嫌韓論者なのでは無く、西洋列強のアジアへの帝国主義的な侵略に対して、明治維新にて近代化の道を拓いた日本が、中国や朝鮮に対して力を貸して連帯して抗すべきであると考えていた。 また亜細亜という言葉から清国と朝鮮を同じく捉えていたのではなく、朝鮮をアジア同胞として清の宗属関係から脱却させ文明化させることに尽力したのだ。李氏朝鮮の旧体制のままでは、清国やロシアの植民地となり、そのまま日本の国難になるからだ。 李朝末期の腐敗した国を変革しようとした開化派を福澤は積極的に支援し、そのリーダーであった青年を個人的にも受け入れ指導教育を惜しまなかったし、慶應義塾の門下生を派遣し、清朝体制に取りこまれるのを可とする「事大主義」の変革を促した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.06.17 07:57:22
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