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テーマ:ザ・同人ライフ(839)
カテゴリ:同人誌
遙か昔の事だけど、「高千穂遥は、全てを道にする」というような文を読んだことがある。
道っていうのは、スキー道とか読書道とか華道とか・・・まぁ、そういう道を意味するんだけど。 男性は、そうやって道を作るのが好きなんだ、と思った最初の記憶です。 クラッシャージョウが大好きだったんですよ、ええ・・・サインもいただきましたよ。「血はリングに咲く花だ」って書いてありましたな。 ひとつの事象を、解体し分析して評価し記録するという事を、楽しんでするのは男性が多いと思う。アニメFC系の同人誌などでも、ストーリーの追っかけとかレビューをメインにする誌は、作り手が女性であっても、読者のほとんどが男性でした。 そういう単純で簡単な例や記憶からいっても、そういう傾向があると言うしかないと思う。 自分のしている事や思考を、分析されたり記録されたり、あまつさえ奥底まで研究されるというのは、女性はある意味で不快感を感じるのかもしれない。 世間に無視されてるんじゃなくて。 自分を語りたいと欲する者が、そこに居なかったからではないだろうか。 それどころか、できるだけ自分を見ないで欲しいと願っているとしたら。 だって、自分で自分を直視して、醜い自分がそこに見えたら、哀しくてやりきれないもの。 それなのに、内側から語ろうとする者が居たら? 少しでも間違っていたりしたら、絶対許せないなぁ。 言わないで、語らないで、そっとしておいて、誰もこちらを見ないで、気づかないで。 ライトノベルも、男性作家が圧倒的に増えた途端、評論とか話題とかになるようになってきましたな。 世間の話題にもならなかった10年前ぐらいは、そのほとんどが少女小説から派生した女性作家ばかりでしたから。無視されていると言えば、その辺りもそうだったかもしれない。 でも、読者は男性が多かったんだけどね。だから、その後デビューした作家が、男性に変わって行ったんだと思う。 システム化とか組織を作るとか、世界の構築と政治が好きだという性質は、遺伝子レベルの問題なんだろうか?同人誌とかを見ていると、そう思う。少なくともあそこは、好きな物を好きなように作っても良いところなんだから。誰もそれを止めない。 自分が作りたい物を、読みたい物を製作するだけで、もうイッパイイッパイだった私には、男性たちが自らを見つめ、自らを分析する事が好きだなんて、そんな事がどうして好きなのか?と、私は逆に問いたくなる・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年10月13日 02時13分29秒
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