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「変化」が起こっているとき、なぜ早く、濃く時間が流れていくのだろうと思う。時代の変わり目がそう。革命とか戦争とか、なにかの大きな経済現象が起きているときとか。
大きなことでなくても、ささやかな自分の一生の時間にも、早くて濃い時間の流れがある。変わり目、身長がぐんぐん伸びているとき、結婚や出産といった人生の変わり目、環境や仕事がかわるとき。 感じ方の問題に過ぎないかもしれないけれど、時間には、きっと種類があるのだ。ゆっくり静かに流れる時間と、怒涛うずまくように流れていく時間と。 急流にのまれるような大きな変化のとき、その力はあまりにも強くてあらがいがたい。残念なのは、状況を把握し、意味を理解するまでにタイムラグがあること。 「そうか、そういうことだったんだ」と、分かるのは、たぶんずっと先。 そして、人生なんて、後になってその「意味」に気づいて深い思いにとらわれるために、生きるようなものかもしれない。死ぬまで続く、修行なんだ。 だから、いまは、書きとめておこう。 日記でも、スケジュール帳でも、走り書きのメモでも。 目に見えない時間というものに、せめて目印になるようにひっかき傷をつけておこう、と思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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