こんなときには、村上春樹
「誰もがそれぞれに痛みを感じ、それぞれにちょっとした傷やへこみやらを抱え込んでいる」 (『世界のすべての七月』(ティム・オブライエン著、村上春樹訳)」)やばい、と思ったのは、地下鉄に乗っていて、わけもなく悲しくなって、ふうっと涙がこぼれてきたとき。最初に来たのは、強い頭痛だった。頭痛薬を限度量いっぱい飲んでも効かない。ため息ばかりついてしまう、 眠くてしょうがない、寝ても疲れがとれなくて、一日中だるい、意味もなく悲しい……という症状に。喉が痛くて病院へ行ったら、風邪をひいていることがわかった。風邪のせいかな、それともうつっぽいのが先かな。まあ、自分でもわかる。ずうっと、懸命に駆けてきて、プツン、と何かが切れちゃった感じ。走ってる最中はアドレナリンが分泌されて、ハッピーだったんだけど。いったん転んだら、これがなかなか立ち上がれなくて、「がんばる」ことを、ちょっと、休みたくなっちゃった。「元気で」いることを、休みたくなっちゃった。こんなときは、自己啓発系とか、元気出そう系ポジティブ本はかえってだめ。私なら、村上春樹。しなやかな疲れない文章で描き出される、なんとなく力の抜けた、アウトローな主人公たちが心地いい。まっすぐ歩いていれば、転ぶことなんかないのに、わざわざフラフラ歩いて、深い穴にはまってしまう人たち。夢もある、恋もする。だけど、うまくいかなくて、傷ついて、あきらめて、でも、あきらめきれず、ジタバタしているうちにあらぬほうへいってしまう。台詞の湿度が0・5度少なく、温度が0・01低くて、ちょっぴりリアルさが薄い感じがいい。人生なんて、どうせ夢だもの。「世界のすべての七月」を読んでたら、最新作の「アフターダーク」が出てることに気づいた。ああ、よかった。これでしばらくブルーな気分が続いても大丈夫。文学と音楽と芸術と旅。これはもう、ぜったいてきに、人生に必要なのだわ。ぼうっと言葉たちに浸っていたら、テンションは下がったままなんだけど、なにやら穏やかな気持ちになってきた。「元気にならなきゃなんて思う必要、ないよ。ただ、たんたんとやってればいいんだって」いつかのだれかの言葉が響いてくる。そうね、たんたんと、洗って干して、片付けて、お風呂に入って、書こう。