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テーマ:好きなクラシック(2327)
カテゴリ:音楽
Im wunderschönen Monat Mai Im wunderschönen Monat Mai, Im wunderschönen Monat Mai, いと麗しき五月 なべての莟、花とひらく いと麗しき五月の頃 恋はひらきぬ 我が心に
諸鳥のさえずり歌う いとも麗しき五月の頃 われうちあけぬ かの人に わが憧れを 慕う想いを 新潮文庫 『ハイネ詩集』片山敏彦訳 五月といえば、私にはハイネのこの詩が思い起こされます。 『いと美しき五月』と訳してるのもあります。 で、このいと麗しき五月の今日のこの日に、私はロングランをしたかったのですよね。 でも生憎、外は雨。 あ~、どうしてくれる、この贅肉! ランさせろ~~~~!!! ・・・・・・・そのうち、いと美しき・・になってくださることを願いましょう、天気もね、ついでにこの私もね。 と、まあこれはおいといて。 このハイネの詩に曲をつけたのは、ハイネと交友のあったシューマン。ハイネはデュッセルドルフで生まれ、シューマンはデュッセルドルフで亡くなっています。 ハイネのこの詩は、シューマンの『詩人の恋』という連作歌曲のなかに入っています。 どういう感じの曲なのか、ちょっと聴いて見ましょう。 http://www.youtube.com/watch?v=vAW4oCBgqF4 いかがでしたか?(他の曲も入ってましたが、ともかく一曲めがそれ) ハイネもシューマンも、ドイツ・ロマン派に属します。 ロマン派って、古典派と対照的に、自己の表現、創造、夢想などを自由に表現することを主題としたもので、ドイツで始まりドイツがもっとも盛んだったので、ドイツ・ロマン派という呼ばれ方をされることが多いです。 このロマンって言葉を最初に現在知られている意味で使用したのは、ルソーです。(昨日の記事の画家のルソーじゃないほう) 日本ではこのロマン派は明治の中ごろに入ってきまして代表的な人物は与謝野晶子、北村透谷です。 たしか、北村透谷ではなかったかな、恋愛という言葉を作ったのは?(記憶違いだったらスミマセン) えっと、話をもどして、シューマンは自作の曲に題名をつけるのが好きでした。 かなり自分の世界にこもってその中で遊んでた人ですね。 同じロマン派の作曲家であるちょぴん・・・じゃない、ショパンですけど、『木枯らし』『革命』『別れの曲』などと題名がついて一般的に知られてる曲がありますね? でもこの題名はショパン作ではありません。 そのへん、ベートーヴェンの『月光ソナタ』と一緒です。 ショパンはシューマンが自分(ショパン)の作曲した曲にいちいち題名をつけて発表したというのをきいて(シューマンは一時期、音楽評論家として執筆活動をしており、ショパンの才能を世に発表したのも彼)、「あの人はなんにでも、題名をつけないと気がすまないんだから」と苦笑した、といいます。 この音楽と題名というテーマですけど、これはかなり音楽史上でも論争になったテーマであり、そのことについての説明云々はかなり専門的になって皆様には退屈だろうから(って実は私にも退屈)、ここでは省きます。 なんだかね、さっきからショパンと書こうとすると、塩パンってなるのよ。 あ、また話がずれました 日本の音楽界で、ロマン派の作曲家といわれているのは、あの山田耕作です。 そう、赤とんぼの耕作さんです。 「え~~?赤トンボがロマン派・・・???」などと言ってはいけません。 これは童謡であって、ちゃんとした歌曲も作曲してるんですよ。 これだ~!http://www.youtube.com/watch?v=nC9-40wKDfM
あぁ~、芸術っていいなぁ 私はヘタレでも、やっててよかった ホント~によかった 感謝 http://www.youtube.com/watch?v=nV1pAYufTSc Du holde Kunst, ich danke dir dafür お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.05.05 20:14:14
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