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テーマ:★オリンピック★(1568)
カテゴリ:スポーツ
まさか日本人が短距離種目でオリンピックの銀メダルを獲る日が来るとは... 一応、中学高校の6年間陸上部で短距離を走ってました。 中学で陸上部に入ったのは、小学校の時に短距離走でクラスで1番になったり 校外の大会にも参加した経験があり、走りには多少の自身はあったから。 ところが、入学した中学はグランドが狭く、サッカー部が無かったため、サッカー部希望だった奴らが 大挙して入部してきた。 俺らの世代は未だ『マンモス校』と言われていた時代で、クラスは11クラスあり生徒数は多かった。 そんな訳で、陸上部に入部した部員は100人を超えていた。 陸上は個人競技だが、記録会以外の大会は学校から出場できる枠が決まっていた。 短距離には自信があったが、成長期も遅く、どんどん身長は抜かれて 結局、1,2年生は殆どその大会にも出れず仕舞い。 それでも、悔しくて毎日練習には出ていた。 3年生になり少しずつ大会に出れるようになってきたが、3年生最後の夏の大会で やっと、念願のリレーメンバーに選ばれた。 それは、本当に嬉しかったし、やっと努力が報われた気がした。 ところが、残酷な結末を迎える。 試合当日に顧問から補欠に回るように言われ、結局夢破れて中学時代の陸上を終えた。 悔しくて、悔しくて仕方なかった。 その時、『もう二度と陸上はやらない』と心に決めて中学を卒業した。 高校に進学して、部活に入るのは悩んだ。 丁度、中学の陸上部だった先輩が進学した高校のラグビー部に居て入学したての頃から、誘われていた。 ラグビー部でも良いかなって思っていたが、時代が時代だったのでラグビー部の余りいい噂を 聞かなかったので躊躇していた。 入学して暫くは部活に入らずにいたら、既に陸上部に入部した同級生から誘われた。 最初は中学時代に苦い思い出があるので断っていた。 しかし、結局、熱心に誘われて体験入部~本入部となった。 高校時代は中学時代と違って部員は少なかったので1年生の時からそこそこ大会には出れた。 中学では”やらされていた感”のあった練習も、高校では自分で考えて練習を行って励んだ。 やっぱり、何処かで陸上に”未練”があったのかも... 幸い記録も100mでは高2の夏に11秒台の後半だがコンスタントに出せるようになり 4X100mのメンバーにも入った。 迎えた高3。 春の終わりの頃にはベストタイムの11秒5を出すことが出来て、市の大会では決勝、 県大会では準決勝にまで残れた。 4X100mも市の大会では入賞できるまでになった。 やっぱり、今回のオリンピックのリレーメンバーでもそうだが、ずば抜けて早いメンバーが 居たわけでも無いのでバトン練習は徹底的にやった。 『個』では敵わなくても、総合的にタイムを縮めるにはバトンパスをスムーズに行うことが命題だった。 だから、今回の銀メダル獲得には凄く共感できるんだよな。 しかし、俺は不幸にも高3の夏本番を迎えたころに膝と腰の故障で、痛み止めの注射を打ち続けたが 結局、肝心な大会にはそれも効果が無くなり、満足な結果を残せず、陸上生活を終えた。 今でも悔やまれるのは、個人での表彰状が1枚も獲れなかったこと。 スタートは徹底的に練習をしたので、珍しい室内陸上の翌日に行われた記録会では 出場した60mでそれまでの県記録タイをマークしたが、後で走った組の奴に1/100秒上回れて 一瞬でその記録も消えて、名を残せなかったこともあった。 しかし、その当時はカール・ルイスが陸上界を席巻していて 『日本人が短距離競技で世界と渡り合うのは無理』 って思っていたけど、それを可能にした彼らはやっぱり、凄い! だって、9秒台が一人も居ないんだもんね。 本当に東京オリンピックが楽しみです! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Aug 21, 2016 02:28:18 AM
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