ドアを開けると三人しか座ることができないカウンターの一番奥の椅子
に老眼鏡を鼻にちょこっとかけて彼女がいつものように座っている。
「いらっしゃい、今日は何軒目?」
「今日は残業の帰りだから一軒目だよ」
との言葉を交わし、私に肴を出すためにカウンターの中に入る。カウンター
三人、畳席は畳3枚分ほどで詰めれば8人、ややゆったりと座るとすれば
6人ほどしか座れないけっして広いとは言えないお店である。
彼女の顔立ちは杉本彩にそっくりで話かたもよく似ている。40代半ば
の彼女だが、若い頃はモデルをしていたというだけあって170センチ近い
身長とスラリとした体型は年齢よりはるかに若く見える。
昼間は洋服のお店を持ち、夜は一見さんお断りのお店で別の顔を見せて
くれる。
語らずとも出てくる肴
このお店に私が行けるようになったのはタウン誌の編集をしている人と角打ち店
(立ち飲み店)で知り合って、連れていってもらったことに始まる。
客層は彼女の笑顔を見ながら交わす会話を皆楽しみに通っている50代以上
の男性一人客が圧倒的に多い。
彼女は、「男性にもいろんな人がいる、いろんな考えを持っている、それを聞ける
ことが、夜、働いていて楽しい」と言う。
彼女は独身だが二十歳を越えたばかりの娘さんが一人いるという。なぜ、離婚した
か、その理由も教えてくれた。
「結婚するまで全くわからなかった、その素振りさえ一度も見せなかった、まさか
暴力をふるう男だとは」と。
機嫌よく笑顔を絶やさない彼女だが、辛かったであろう過ぎ去りし日のことも何事も
無かったかのような態度でいつも接客してくれている。
ドアが開く、
「あらぁ、いらっしゃい。お久しぶりですね」と彼女が笑顔で、迎える。
振り向くといつものKさんであった。
私は「じゃぁ、また来るね」と言って千円札1枚を支払って店を後にした。
Kさんに彼女との会話を楽しんでもらうために。