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カテゴリ:ランニング
少し前の話ですが、5月4日、山口100萩往還マラニック(70キロの部)に遠征してきました。 このマラニック、最長の250キロから、140キロ、70キロ、35キロ(マラソン/ウォーキング)の距離別に5つのカテゴリーに分かれているが、いずれのカテゴリーも歴史の道である萩往還道を通るところがミソというか、大会の趣旨である。 今回初めての参加であり、仕事が繁忙期であるのでなかなかレースに向けて集中できない状況のため、まずは謙虚に70キロの部にエントリー。スタートは4日午前6時30分であるため、前日の3日に山口入りして15時からのコース説明会に出席。会場ではジョグノートの友人である「おっちゃんビギナー」さんにお目にかかる。 説明会は基本的に当日18時にスタートする140キロの部向けの内容であったが、あの富士登山競走10回連続優勝の猛者の方から、これがいかにきびしいマラニックであるかについての体験談(100キロを7時間台で走る氏がこのマラニックでは最後には胃痙攣まで起こして20時間かかってようやくゴールしたとの由)やら、昨日すでにスタートしている250キロの部で、40キロもコースアウトしたため深夜にピックアップを求めてきた参加者に対し、つれなく「自力で帰還されたし」と告げた話やら(やはり自己責任の世界なのだ)、なかなかに壮絶というか、どM様な話をたっぷり聞いて、ウルトラ気分も次第に高まってくる。 説明会後、用意をするおっちゃんさんといったん分かれ、スタート会場である国宝の瑠璃光寺をぶらぶらと見物。つつじが美しく咲くお寺の雰囲気とその境内で進められるスタート準備が何とも不思議な取り合わせである。 18時、エイエイオー!の掛け声とともに、140キロの部(Bクラス)が順次ウェーブ・スタート。制限時間24時間、夜を徹して走るため、ヘッドランプやらバックパックに付けた赤い点滅灯(これは主催者から配布)やら皆さんそれなりの装備であり、軽い緊張感に包まれた雰囲気に、やっぱりこのマラニックは250キロ、140キロが華やなぁ~と70キロの部の私はちょっとテンション下がり気味... 最後の組でスタートしたおっちゃんさんを見送って、ホテルを取った湯田温泉へ移動。 明けて4日、いよいよ自分の番である。この日は70キロの部(Cクラス)以外に山口から萩までの片道35キロだけのマラニックの部(Dクラス)およびウォーキングの部(Fクラス)も一緒であり、家族連れなどグループも多く、会場はなごやかなムードである。 Fクラス、Dクラスの後、70キロの部(Cクラス)は最後のスタート、まずは舗装路をとっとこ登ってゆく。ダム湖を過ぎて少し行ったところから萩往還道に入る。石畳と土の道が交互に現れるそれなりに幅のある道であるが、勾配は割りと急であり、すぐに歩きになる。ガイド図を見ると5キロでコース上最高標高点の板堂峠まで500メートルを登ることになっている。 ランニングとウォーキングの参加者が入り乱れて登る中、反対方向からは250キロの部の出場者の方がポツポツと戻ってくる。この時間帯にここまで来ているのは上位の走者であり、何よりも250キロ完踏目前の勇者の帰還である。行き交う人は皆、賞賛の言葉とともに拍手で迎え、250キロの走者はすっかり疲れ果てたという表情の中にも達成感をうかがわせる静かな笑顔で応えてくれる。こちらはスタートしたばかりで、まだまだこれからであるが、さて夕方にどんな顔をして戻ってくることだろう。 スタートから1時間近くかかって板堂峠に到着(今回はGARMINの調子が悪く、ラップが取れていない)。少し下ったところで舗装路に合流、しばらくはゆるやかな下りを快調に走るが、復路はこれを登り返すことになる訳で... ま、先のことはそのとき考えよう。 途中、草もちがいただけるらしい私設エイドに立ち寄ったが、おもちはなく(準備中?)、熱いお茶を1杯いただいて、再び走り始める。佐々並のエイドまでは一部古道があったものの、大半は舗装路であった。 板堂峠から45分ほどで佐々並エイドに到着。ここはドリンクの他に、豆腐がいただけるエイドである。さっそくねぎののったお豆腐のしょうゆをかけていただく。 佐々並のエイドを後に集落を抜けて、家の裏手の登り坂から再び旧道に入る。この後は国道と平行する区間が続くが、2つ目のピーク釿切峠は国道上。しかし、この後旧道に入り、明木のエイドまではトレイルの長い下りが続く。ここで東京マラソンのときにご一緒したジョグノのコミュつながりの「クニ」さんに再会、明木までの道を前後して走った。 スタートから3時間弱で明木のエイドに到着。町は今日は萩往還祭りのようで、焼物などの出店が準備に忙しい様子。エイドは町の中心部にあり、佐々並と違ってここは割りと食べ物が充実、コンビニおにぎりやら、温泉まんじゅう、それにフルーツなど。エイドの奥にはイスやテーブルも用意されていたが、腰は下ろさずストレッチをしっかりして10分ほどでエイドを後にする。 しばらく川沿いを走った後、悴坂へ向けて旧道に入る。片道で3つある峠越えのうち一番低いはずだが、意外としっかり登らされる。途中、前日おっちゃんさんを通じて知り合った140キロの部の参加者であるK谷さんと出会う。フルサブスリー、ウルトラサブテンの快速ランナー、疲れも少し見えたがさすがである。ピークを越えると3つめのエイドである萩往還公園(明木から30分ほど)。有料道路の料金所の横にあるので、公園というよりは高速のサービスエリアの雰囲気である。ここのエイドにはドリンク以外は梅干くらいしか口に入れるものはなかった。 ここからは萩市内へ向けてゆっくりと下ってゆく。空は晴れてきて、気分はいいがちょっと暑くなってくる。萩市内の手前で昨夕出発したおっちゃんビギナーさんに再会! 真夜中に転倒して、顔には擦り剥き傷が出来ているなど痛々しいところもあったが、一晩中走ってきたとは思えないほど元気さに脱帽。写真を撮り合い、またゴールで遭いましょうと別れる。 おっちゃんさんと別れた後、ほどなく萩市内に入り、前方には指月山が見えてくる。とりあえず前半はあと少し。常盤小橋を渡って、萩城址の前を通って中間地点の石彫公園に10時49分到着。35キロの部やウォーキングはここがゴールとなる。 ゼッケンにチェックマークを入れられた後、おにぎり弁当を受け取る。マラソンのエイドにしてはしっかりしたものであるが、まぁ遠足なんだから、と公園のゲイジュツ的なオブジェに腰を下ろして弁当をいただく。風が吹き渡り、気持ちがいいところである。 30分近く過ごして復路スタート、バックパックのウェストベルトで腹部に衣類ずれができてしまい、ヒリヒリし、調節に手間取る。反対方向から来る出場者たちと言葉を交わしながら市内の道を再び山口へ向かう。このマラニック、沿道からの声援や私設エイドはほとんどないが、出場者同士が声を掛け合って進んで行くところが、一般のレースと異なるところである。 復路は往路と反対で低い悴坂から順に高い峠を越えてゆくかたちで、往路気持ちよく下った釿切峠の旧道のトレイルと板堂峠までの長い舗装路を今度は登り返すことになる。さすがにフルの距離を越えると足に堪えてきており、登りは結構歩きが入るが、舗装路では先にあるカーブミラーやら電柱を目標に、あそこまで走ったら少し歩こうとインターバル(?)を繰り返しながら進んでゆく。走者は70キロだけではなく、250キロ、140キロの人たちも一緒におり、さすがに彼らは歩きとなっているため、全体の雰囲気としてはもうウォーキング・モードであった。 事前には70キロなので8時間台でとか考えていたが、佐々並のエイド到着が14時半と、この時点ですでに8時間となり、せめて10時間は切りたいなぁとポツポツ降り始めた中を最後にして最大の難所越えに臨む。ここでおっちゃんさんはどうしているかとメールを入れると、板堂峠手前のところで無事ゴールしたとのメールが届く。こちらも元気をもらって、峠からの下りを走り始める。 旧道が終わる頃には結構な降りになっており、天花畑からのラスト3キロ、雨の中とぼとぼ歩くのは情けないので、下り基調の道にも助けられ、ゴール目指してとっとこ走る。 市街地へ入るが、雨のせいかウルトラのゴールにも関わらず沿道の応援はほとんどない。瑠璃光寺への角を曲がったところでようやく山門の人だかりが目に入る。境内までしっかり走りきってゴール! タイムは9時間56分(85位/241人、往路4時間13分、復路5時間18分、中間レスト25分)。 スタート前は250キロ、140キロと比べてテンションを下げていたが、なかなかどうしてタフなコースであった。エイドは少ないが、必要なものは自分で持って自己責任で走るというところは旅のようであり、それがこのマラニックのポイントであろう。冠スポンサーもない中で、21回も続けてこられた方々の熱意と努力には感謝と敬意を表したい。 さて来年は140キロに挑戦!? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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