カテゴリ:ひとりごと
楽しく過ごしたことしか 今は想い出せないけど
せぷてんばぁ 9月は胸に来ますね 明日は会社を休みます♪ (やすみたーい) ***************************** 「君は いつだって 自分の思い通りにしか しないんだよね」 と昔 つきあっていた人に言われたことがある。 「他人に意見を求めるようで、他人の意見を尊重するようで でも 結局は自分のしたいようにしか しないんだよ」 言われたときには 「なにをぉぉぉ!」と思ったのだが 冷静になると なるほどねぇ、と納得した。 そういえば 子供の頃から そうなのだ。 母親からも 祖母をはじめとする親戚からも 「気に入らないことがあると ぶーっとほっぺたを ふくらまして 返事もしない」とよくお小言をもらった。 今の私しかしらない人達は 言うと信じてくれないが 転勤の多い親をもつ私は なじんでは 別れなければならない 生活のなかで 自分にすっかり自信を失くし 思ったことを 相手にうまく伝えることができないコドモだった。 海千山千になっちまった今では 「コドモらしさ」を最大限利用して どんな要求だってある程度は通すことができたのに、損したわ。ぐらいに 思っているのであるが。 とにかく 世界のあらゆる人が自分をわかってくれないと思っていたのだ。 自分は孤独だと、そっくりな父が隣りにいても 私は拾われッ子なんだと 勝手に思い込み ”マッチ売りの少女”や”小公女”を読んで シンパシーを 感じ ひとり涙ぐんでみたり。 その癖が 実はずっと抜けないのかもしれない。 どこかで 自分はひとりなんだ、とか だから なんとか 思いを伝えて 自分のことをわかってもらわなくちゃ という気負いがあるのかもしれない。 必要以上に他人にちょっかいをかけてしまうのも 子供の頃の 「みんなの輪に入れない」トラウマを 他人に勝手に投影しているのかも しれない。 年齢を経るとともに 成長している部分もあるだろうが ある意味 狭い世界に入り込んで 意固地になっていたり 他の価値感を無視 している部分も多くなっているのではないだろうか。 精神的なバイオリズムや 感情の起伏は ずいぶん安定したように 思うし つっかかってくる相手をいなすワザも身についた。 それでも ときたま 溢れ出てくる感情を押さえきれないときがある。 さすがに ストレートに他人にぶつけることはなくなったけれど 口から飛び出そうになる 沸騰した心臓を吐き気をおさえるように 押し込むのは 結構大変なのだ。 エネルギーの無駄遣いなのか、デトックスなのか。 まだ そこまではオトナになれない。 滝に打たれたい。 そんなことも 時折 考える。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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