平凡な営みこそが歴史を作っていく〜トルストイ「戦争と平和」から。
本を読んだり映画を観たりするたび、こう感じることはない?「主人公になっている人物って、性格も生き様も普通の道から外れていたりけっこうクセがあったりするタイプが多いなあ。いわゆる普通の人間が主人公になっている作品もあるけれど、何だかイマイチ印象が薄いんだよね」。そう! 魅力的な悪人や非凡人を描くより魅力的な善人や凡人を描く方が難しいのだ、創作の世界では。逆にとらえるなら、この善人なり凡人なりをどう表現しているかで、作家や監督の力量がうかがい知れると思う。もっとも、実生活でもそうかもよ。「大したことは望んでいない。ただつつがなく日々を送りたいだけ」と願っている人にすら数々の試練が襲いかかってくるのが、人生というヤツ。凡人が凡人としての生を全うするのは、実はとても難しいことなのだ、、、少なくとも非凡人が非凡人として生き切るよりは。「戦争と平和」という小説がある。ロシアの文豪トルストイが書いた、長い、長ーい大河もの。本来は真っ直ぐな気性なのに意志が弱く放蕩に溺れてしまうこともある主人公ピエール、シニカルなアンドレイ公爵、そして生きる喜びそのものを具現化しているような令嬢ナターシャなどに混じって、プラトン・カラターエフなる素朴な農夫が登場する。このカラターエフが、当時のロシアの農村のどこにでもいたであろう凡庸なキャラクターながら際立って魅力的に描かれていることは、「戦争と平和」を読んだことがある者の間では納得の事実。トルストイは、鮮やかなまでに「魅力的な凡人」を我々の前に示してみせたのだ。トルストイは、主人公ピエールに大きな影響を与えた「凡夫」カラターエフを通じ、次のようなメッセージを読者に与えている。歴史を動かすのは民衆である。決して権力や名声を手にした偉人によるものではない。家族を愛し、自分の仕事に勤しみ、日々の生活を大切にする、このいっけん平凡な営みこそが、いつの世にも歴史を作っていくのだ。普通のことを普通にやっていくことって、本当はとてつもなくスゴいことなのだね。写真はトルストイ(Lev Tolstoy, Лев Николаевич Толстой, Public domain)。「戦争と平和」を苦労しつつ読み終わった時、私は大学4回生の21歳。もっともその世界観が真に理解出来たのは、それから40年以上も経ってからだったな。