今日の朝日新聞に
中華同文学校の特集記事が掲載されていたので転載します。
同文 学校創立110年(上)
2009年09月09日
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中国語の授業で、手で漢字を書いて、書き方を練習する児童たち |
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中国語の授業で、漢字の書き取りをする子どもたち=いずれも神戸市中央区の神戸中華同文学校、西畑志朗撮影 |
神戸中華同文学校が今年、創立110年を迎えた。華僑の子どもたちに中国人としての民族教育を施すために設立され、いまは日本を含む様々な国籍を持つ子どもたちが、中国語を学びながら国際的な視野を養う。戦争や震災を経ながら、地域に根ざし、独自の教育を掲げる外国人学校のいまを紹介する。
開け放した教室の窓から、唱和する子どもの声が聞こえてきた。「斑点(バン・ディエン)」「羽毛(ユー・マオ)」「如果(ルゥ・コォ)」(「もしも」の意味)--。小学部3年の中国語の授業。教師が中国語で読み、子どもたちが復唱する。発音の仕方や意味を説明する時も、教師に指されて答える時も、日本語が飛び交うことは一切ない。2年のクラスにいた日本人の女の子は「中国語は難しいけど、学校は楽しい」と笑顔で話した。
県庁に近い神戸市中央区の住宅街。神戸中華同文学校は110年前、華僑の子弟に中国の文化と言葉を教えることを目的に設立された。小中一貫9年間で中国語の日常会話と民族の誇りを身につけさせるのが狙いだ。現在は各学年2クラスで児童・生徒は679人いる。
華僑も代を重ねて日本社会にとけ込み、家庭での会話は日本語が当たり前。日本語しか話せない子どもも多いため、学校は中国語の教育に特に力を入れている。
週の時間数は、小学部の1年生だと算数の3倍、12時間ある。一方、国語(日本語)は1時間しかない。「小さいころの吸収力は大人が考える以上に早いんです」と小学部3年担任の劉和美教諭(41)は言う。3年生になると簡単な日常会話ができるようになるという。
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授業は土曜の午前にもある。小学部の国語を除き、授業はすべて中国語で進む。教科書は、算数が日本の教科書を中国語に訳したものを使い、理科、社会などは日本の教科書との併用だ。受験を控える中学部になると言葉の問題はさらにややこしくなる。
民族教科(中国語、中国歴史・地理)以外はすべて日本の教科書。教師が板書するのも、生徒がノートに書くのも日本語だが、会話はあくまで中国語。英語の場合、ノートに英文を書き、中国語で教師から質問され、日本語訳を答えることになる。「頭の中でいったん翻訳しないといけない。負担が大きいが、先輩たちも乗り越えてきた」と元同校教諭の陳福臨さん(75)。
45人いる教員の8割以上は同校の卒業生だ。家族的なつながりが強い一方、教員の中国語のレベルが低下する不安がつきまとう。このため学校は近年、採用前に1年間、北京の大学に語学留学させている。さらに、全学年の教科書を北京に持ち込み、アナウンサーに朗読してもらったCDを教材に使って中国の標準語である「北京語」の習得に努める。
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この学校に、華僑とは縁のない、日本人の子どもが10年ほど前から目立つようになった。学校によると、20年ほど前はクラスに1人いるかいないかだったが、いまは小中学部のすべてのクラスに計71人いる。希望者が多いため、小学部入学時に日本人だけの入学試験で選抜し、定員の1割に抑えている。
入学の動機は高い教育水準や国際感覚の養成への期待などさまざまだ。小学部入学時は華僑の子も中国語が話せず、スタートラインが同じというのも一因のようだ。
生徒会長を務める中学部3年の平藤(ひら・とう)俊作君(15)=神戸市東灘区=の両親は、人種への偏見を持たない人間になってほしいと、2歳上の姉に続いて同文学校に入れた。俊作君は「物事を客観的にみられるようになった。校内で、日本人であることを自分も周りも誰も気にしない」と満足そうだ。県立の進学校に進み、将来は米航空宇宙局(NASA)など、科学技術の世界的な最先端分野を目指すという。
日本語教育の遅れや受験への不安について、母親の平藤直子さん(47)は「日本の高校に進学できると分かっていたし、先生の教え方をみても不安はなかった」と話す。
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授業中の私語はもちろん、トイレに立つことも禁止。携帯電話の校内持ち込みもだめ。宿題忘れが続いたり態度が悪かったりすると廊下に立たされることもあるし、掃除は毎日、全員できっちりやる。同文学校のこうした厳しいしつけに賛同して子どもを入れる日本人も増えている。神戸市中央区で日本料理店を営む上野直哉さん(38)は長女の愛季(あ・き)ちゃん(6)を4月から通わせている。「校内にごみ一つ落ちてなく、机に落書きもない。子供たちは礼儀正しい。中国語が話せるようになるかどうかではなく、教育方針が良かった」
学校が目指すのは、かつての日本の学校にあった規律やマナー、目上の人への敬意といった当たり前の教育だ。愛新翼校長(68)は話す。「戦前の教育にはいい面もあった。日本でも中国でも消えつつある他人への奉仕精神や道徳を身につけてもらいたい」
(この連載は清野貴幸が担当します)
◆神戸中華同文学校
1899年、清朝の政治家梁啓超(りょう・けい・ちょう)が日本に亡命中、華僑の子弟教育を提唱して設立した。翌1900年に校舎が完成、神戸華僑同文学校として開校する。校名の由来について記録は残っていないが、中国の古典「中庸」に、天下が統一されることを表す「同文同軌」(同じ文字と、同じ車輪の幅の車を使う)という一節があり、愛新翼校長は「これにちなんだのではないか」とみる。45年の神戸大空襲で校舎が全焼し、95年の阪神大震災では校舎を避難所として開放した。
児童らの中には米国や韓国、カナダ、英国などの国籍を持つ子もいる。国内の中華学校はほかに東京、大阪各1校、横浜に2校あり、1校当たりの生徒数は神戸が最も多い。
以上
記事を読んでいると自分の小学校時代がよみがえり
思わず目頭が熱くなってしまう。
今年110周年を迎える母校に今自分の子供が通っていることを誇りに思う。
ありがとう。