プーチン藁人形報道の是非
先週のことですが、松戸市の神社の神木に、プーチンの顔を貼り付けたわら人形を打ち付けたとして、72歳の男性が逮捕されました。 防犯カメラに顔が映っていたようで、TVのワイドショーでも、ご当人の顔を晒して、報道してましたっけ。 プーチンを呪うわら人形・・と聞けば興味を引く話題なわけで、ワイドショーで取り上げるのも分かりますが、逮捕となって、容疑者の顔を日本中に晒すのは、はたしてどうなんだろと日々、クレムリンでクーデターでも起こらないかと期待している私なんぞは、しらけてしまった。 逮捕された男性の映像を見た限りですが、いかにも善良な市民、といった風で、おそらく、ウクライナの惨状に心痛めて、プーチンさえいなくなれば、と思った上での行動だったのでありましょう。 罪状は、器物損壊と建造物侵入の疑いだそうです。なにやら、無理矢理感のある罪状で。しかも、この程度のことに、大勢の警官が乗り込んだらしい。他に、警察がやるべきことって、いっぱいあると思うけど。 警察は、メディアが大々的に取り上げたので、大げさに動かざるを得なかったのでしょう。そして動いた以上、逮捕まで持って行かないわけにはいかなくなった。 テレビでも新聞記事でも「逮捕された男は黙秘している」「今時非常識な」と正義漢ぶってますが、「あんたら、実際にはそう思ってないでしょ」と突っ込みたくなる。 以前からのことですが、メディアの罪ということを考えます。つい最近も防犯カメラに映った賽銭泥棒を大きく取り上げていました。盗まれた金額は、数百円という額なのに。 無人直売所で、支払うべき金額を少なめにごまかす人を追いかけて詰問する、という特集も見ました。三百円入れるべきなのに、百円ごまかしたとか・・。 確かにわら人形でプーチンを呪う行為は褒められたことではない。わずかな額だろうと賽銭を盗めば窃盗だし、支払うべき金額をごまかしたら、それは詐欺罪というのかもしれない。 しかし・・報道人であることを誇るなら、もっと追求すべき悪というのがあるし、小さな罪を犯してしまった当人が、報道されることで負う、代償のあまりの大きさまで、考えなくていいものだろうか。 コロナ禍がようやく収まり始め(また増えていますが)、世界では、脱マスクをどんどん進めているのに、日本の「マスク無しけしからん」空気は変わりそうもない。 でもそれって、テレビでマスクをしていない人を見つけては、「マスクしてませんねぇ」とネチっこく報道したせいが大きいのではないか。さんざん、マスク着用を煽っておいて、今更「なかなか脱マスクが進みません」と困惑顔で報じるメディアの厚顔さに、私は呆れかえってしまう。 今、メディアの人達って、保身と日々のノルマにアップアップで、社会的責任とか、存在意義とか、人間としてあるべき姿勢とか、それら高邁なことを考えられなくなっているのではないか。 最近、そういうことをやたら考えます。 話は戻りますが、わら人形って、通販で「セット」が買えるんですね。Amazonでも、売っていて、びっくりしてしまった。でも別のサイトによると、手作りでないと効果は低いそうです。藁から仕入れて、夜中の1時から2時の間にひっそり作る。作ることを人に知られないのが大事なポイントだとか。 気になる方へ、ご参考まで。