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1000days

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 子どものころは「100」ですら「=たくさん」で、「1」を積み重ねれば、いつか「1000」になるなんて、想像もできなかった。1週間後の遠足だって、待ち遠しくて待ち遠しくて、熱が出てしまうくらいだったのに、1000日後のことなんて、遠い遠い未来の話だった。

「今日お祝いな」
 珍しく、朝っぱらから電話をかけてきたと思ったら、変なことを言い出しやがる。
「何の?」
 俺は電話を肩ではさんで、靴下を履きながら反射的に聞き返した。
 これが彼女だったりしたら、「こんな大事な日、忘れてるなんて信じられない?!」なんて朝からケンカになりそうだけど、あいつはそんなの気にしない。
「1000日目ー」
「ぶっ!」
 よかったコーヒー飲んでなくて。あまりに嬉しそうなやつの声に俺は本気で吹いた。
 これまでお互いの誕生日だって、クリスマスだって仲間とギャーギャー騒いで過ごしただけで、特にお祝いなんてしたこと無かったのに。
「……なんで急に?」
 俺は一抹の不安がよぎって低い声で尋ねた。
「いや、特に理由はない。何となく」
 こいつがなんとなくで何かするかな? としばらく考えて、するな。と思い当たり、無駄に不安を煽り立てる考えを止めた。
「何か、持っていくもん、ある?」
 鞄を掴み、かかとを靴に収めながらチラリと時計を確認する。
「あー、んー、じゃああれ履いて来てよ、誕生日にあげた」
「……靴下?」
「そう靴下」
「どれかわかるか!」
 本格的に時間が無くなって来た俺は、爆笑が聞こえてくる電話を切って、外に飛び出した。

 今日はどうやら俺たちがいわゆる「おつきあい」を始めてから1000日目らしい。さっきも言ったけど、俺たちはこれといって特別何かお祝い事をしたことはなかった。一ヶ月前にあった俺の誕生日だって、みんなで飲んで騒いで、夜中に酔っ払った俺があいつんちに泊まったってだけで、次の日、替えが無かった靴下をコンビニで誕生日プレゼントと称して買ってもらったくらいだ。それもごく普通のありふれた紺色の靴下だったと思う。今履いているやつかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんなレベル。

 1000日ってどれくらいだ? と、俺はバスに乗り込んで考えた。365で割って、2年と……9ヶ月くらい? そうか、もうそんなに経つのか。中学や高校だったらもうすぐ卒業だ。
 ―――そろそろ将来のこととか、ちゃんと考えなくちゃいけないのかな。
 吊革に掴まり、左に流れる景色を目で追いながら、面倒くさいなとため息を吐いた。


 俺たちは高校の同級生だった。その頃は、よくつるむ仲間の一人という認識でしかなかったけど、思い返してみればあの頃から、あいつは俺のことそういう意味で好きだったんだと思う。修学旅行の時だって、5泊とも俺たちとは別々に風呂に行ったし、当たりだったバスガイドさんの話にもノリが悪かった気がする。まあ当時の俺はそんなこと全く気がついていなかったんだけど。
 大学は2人とも東京だった。でも学校が違うとなかなか会う機会も無くて、時々思い出したようにメールのやりとりをするくらいだった。
 再会したのは2年の冬。友だちからコンパに誘われて、行った先にあいつがいた。
「うわっ、偶然じゃん、元気だったか?」
「お、おー、まあぼちぼち」
 ヤツはピアスをした左耳を触りながらはにかんだ。
 2年半ぶりで懐かしくて、俺はコンパそっちのけでヤツとしゃべってた。おかげで、気づいた時には、他のやつらはみんな女の子たちとどっかいっちゃってて、俺たち2人だけが取り残されていた。
「ごめん、俺が引き止めちゃったから……女の子たちいなくなっちゃった」
 俺が本気でしょげているのを見て、ヤツは笑った。
「いいよ、女の子目当てって言うより、暇つぶしに来ただけだから……まだ話したりないし、悪いと思ってるなら朝まで付き合ってよ」
 俺は相変わらずいい奴だな。なんて思って、二つ返事でついて行った。

 ヤツは高校のときから達観してたというか、一歩引いて見ているところがあって、自分の話をすることはあまり無かったと思う。
 高校1年の夏休み明け、童貞捨てたって自慢する仲間の話に、身を乗り出して生唾飲んで聞き入る俺たちの様子を、ヤツは黙ってニコニコと見ているだけだった。それに気がついた俺は、そいつより、ヤツの方がよっぽど余裕があるように見えて、悔し紛れについ言っちゃったんだ。
「うーらーぎーりーもーのーがーでーたーぞー」
 俺のひとことで、みんなの関心はひと夏の経験よりもヤツへの糾弾に取って代わった。質問攻めに合いながらも一笑するヤツを見ながら、俺は置いていかれた気がしてなんとなく面白くなかったのを憶えている。

「お前さぁ、あんとき上手くみんなをかわしてたけど、本当はどうだったんだよ」
 約束どおりヤツの部屋で朝まで飲みに付き合った俺は、明け方、コタツの中にもぐりこみながらぼんやりした頭で尋ねた。ヤツは俺と同じだけ飲んだはずなのに、やっぱり余裕で笑いながら、女の子との経験は、あの頃本当になかったよと答えた。
「女の子とは……?」
 俺はそこにちょっと引っかかりを感じたけど、襲い来る睡魔に勝てず、目を閉じた。
「鈍いくせに、変なところだけ鋭いんだよなぁ、昔から」
 そういうヤツの声を、耳元で聞いた気がしたけど、言い返す気力は残っていなかった。 俺が静かになったのを見て、風邪引くからベッド使いなよとヤツが俺の肩を揺すった。俺は揺すられて、半歩現実に戻ったけど、面倒くさくて答えずにいたら、一度小さく名前を呼ばれて、そして、唇に何かが当たった。
 それが何だったのか思いつく前に、俺は本当に寝入ってしまった。

 次の日、あれだけ飲んだにも関わらず、俺はすっきりと目が覚めた。俺より先に起きて、朝食を作るヤツの後姿を眺めながら、俺は修学旅行の時のことや、ヤツの言葉全てが一本の線で結ばれた気がして、色んなものが整理された気がした。
「あ、起きた? 具合悪くない?」
 俺の前に淹れたてのコーヒーを置きながら、黙ってうなずく俺を見て、ヤツはやっぱり笑った。バターとはちみつたっぷりのトーストに半熟ハムエッグ。どれも俺の好物を間に挿んで、向かい合っていただきますと手を合わせる。ヤツはいつもよりちょっとだけはしゃいでいるように見えた。
「二人でご飯食べるの、初めてだよね」
 俺が言うと、そういわれてみればそうだね。なんて今気づいたようなことを言う。
「どれも俺の好物だね」
 指についたはちみつを舐めながら言うと、そう? それならよかった。と俺から目を逸らせた。
「夕べ俺にキスしたよね」
 片肘をついて聞くと、ヤツはコーヒーを喉に詰まらせた。俺はゲホゲホと込み上げる咳が静まるのを待って、止めを刺した。
「お前、俺のこと、好きなの?」
 そして俺は生まれて初めてヤツの青ざめる顔を見た。お面のように張り付いた笑顔じゃない、本心を見れた気がして、不謹慎だけど嬉しかった。と同時に、少し可愛そうになってしまった。
「別に気持ち悪いとか思ってねぇよ。何かそう考えると、いろんなことの辻褄が合うなって思っただけ」
 何でもないことのように言ってみたけど、落ち着こうとして再びコーヒーを飲むヤツの手は小さく震えていた。
「黙ってた方が良かったのかもしれないけど、俺、そういう器用なことできないし」
 俺がはちみつをだらだら皿の上に垂らしながらパンを頬張ってると、彷徨っていたヤツの視線が皿の上に固定された。
「お前、ハムエッグに、はちみつかかってんぞ……」
「え、うん……おいしいよ?」
 俺がそのまま気にせずはちみつ味のハムエッグを口に入れると、ヤツはオエッと思い切り舌を出して俺の皿を奪った。
「帰れ! 味音痴に食わせる朝食はねぇ」
「返せ! 俺のはちみつエッグちゃん! 塩コショウとはちみつのこの絶妙なハーモニーがお前にはわからないのか! っていうか、お前性格違わねぇか?!」
「もう、猫被る必要……ねぇから」
 膝立ちしていたヤツが、ストンと座ると、俺も、ああ、うん。とか意味の無い返事をして正座した。
「……とりあえず、時間ちょうだい。俺も何かいろいろ考えてみるから」
 そう言うと、ヤツは一瞬ビクッとして固まった。
「あの、ホント、気持ち悪いとか、思ってないから……死んだりしないでネ」
 パンをかじって、首をかしげてかわいらしく言ってみたら、小さく、キモッ。って返された。

 その時は、冗談めかして言ったけど、俺のせいで自殺したらどうしようって、一瞬本気で思ったんだ。
 考えてみるから。なんて言ってはみたものの、俺は高校時代の自分の行動を振り返って反省するばっかりで、正直、先のことは何をどう考えていいのか検討さえつかなかった。


こんばんは再びミツル。です
こうやって日記形式でBL小説を書くようになって、気がついたら1000日を迎えるようです
10日前に突発的に、あるカップルの1000日を書きたくなって書いてみました
気まぐれ連載で(2,3日に1話くらいで更新予定)10話くらいになると思います
もちろん1000日分全部書きはしませんが、1000日って本当に長い!
休み休みですが、これだけ続けてこられたのも、読んでくれる人がいて
何かしらのフィードバックがあったからなんだろうなと思います
これからも、「1」を積み重ねていきたいともいますので
どうぞよろしく

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最終更新日  2008年11月10日 17時42分06秒
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