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「次は~~、~~」
 聞きなれた停留所名を拾い、ハッと我に返った。ぞろぞろと移動する人波に乗ってバスを降りる。そのまま流れて地下にもぐろうとしたところで、ラフな格好をしたヤツを見つけた。
 ヤツの住むマンションは、この駅から自転車で10分のところにあって、俺のアパートより会社に近いので、帰るのが面倒くさい時は、よくヤツの家に転がり込む。着替えも2、3日分ならストックしてあった。
「何、今日休みなの?」
 人ごみを抜け出して、ヤツと対面する。悔しいけど、ちょっと俺が見上げる格好だ。
「ん」
 ヤツは俺の質問には答えず、俺に紙袋を差し出した。就職する時に塞いでしまった、もうピアスのついていない左耳を触る。ちょっと照れてるときの癖だ。
 止められたテープの隙間から覗くと、地元の駅弁だった。
「何、帰ってたの? ……何かあった?」
 俺たちの地元は、ひょいっと帰れる距離にあるんだけど、こいつはあまり実家に帰りたがらなかった。俺が帰る時について来ることもあるけど、友人たちと朝まで飲み明かしたり、うちに泊まりに来たりして、実家に泊まることはあまりなかった。……その理由は良く知らない。
 俺は自分でも気づかないうちに心配顔になってたんだろう。ヤツはヘラッと笑って見せると、
「夜話す。それ食ってしっかり稼いで来い」
 と言って、俺の肩を取って人ごみの中に押し付けた。ポケットから定期を取り出して改札を通る前に振りかえると、ヤツが投げキッスをよこしやがった。俺がウエッて顔をしてみせると笑って手を振った。いつも通りの顔だった。
 もらった弁当をしっかりと抱え、ギュウギュウに詰まった人の身体から守りながら、あのままヤツをひとりにして良かったのか少し不安になる。

 再会してから、1ケ月。俺たちは高校時代に戻ったかのように毎日つるんでいた。あいつはあれから俺の寝込みを襲ってチューすることもなく、まるで何も無かったかのように振舞っていたけど、俺の中ではずっと何かがくずぶっていた。
 誰かが俺のことを好きでいてくれるってことが、こんなに嬉しいと思ったことはなかった。男だとか女だとか言う前に、自分のことを好きでいてくれるってわかって、嬉しくないはずがない。だけど、いや、だからこそ、その嬉しさだけであいつといていいのかなとも思っていた。俺はただ嬉しいけど、あいつにとっては生殺しで、俺は酷いことをしてるんじゃないかって思い始めていた。
 2月14日。世に言うバレンタインの日。俺はいつものようにヤツの家に泊まりこんで、コタツの中で丸まっていた。実家から送られてきたウイスキーボンボンをやけ食いして、フワフワといい感じに酔っていた。ヤツは反対向きに寝転がっていて、コタツの中で足が触れるたびに器用に避けていた。
「あのさぁ」
 俺が声を掛けると、コタツの向こう側から「んー?」と眠たそうな声だけが聞こえた。
「お前、俺が気づかなかったら、一生黙っとくつもりだったの?」
 俺は聞きながら自分の足をヤツの足の上に乗っけた。ヤツはすぐに俺の足を蹴って避けたけど、俺は足で探ってまた乗っけてやった。
「何の話?」
 一個ももらえなかった俺のプライドのために、4つも本命チョコをもらったのを黙っていたことだと思ったのかもしれない。ヤツが肘をついて身体を起こした気配がした。
「……俺のこと、好きだったって話」
 俺は少し恥ずかしくて、わざと過去形で言った。途端に俺に敷かれた足が緊張したのがわかった。
「もし、コンパの日に偶然出くわさなかったら、俺のことは思い出として封印するつもりだったの?」
 酔ってるな。と自分でもわかった。だけど過去形で言った途端、溢れ出てきた涙は抑えられなかった。
「……お前、泣いてんの?」
「泣いてない」
 気配を感じて、身体を乗り出して顔を覗いて来たヤツに向かって、ズッと鼻をすすって言ってみた。
「お前、コンパのこと、偶然だと思ってたの?」
「は?」
 真っ暗な部屋の中で、布団から洩れたコタツの橙色の光がヤツの顔を照らしていた。
「メールだけじゃ我慢できなくて、会いたくて、人数合わせで呼ばれたコンパに、お前を呼ぶなら行ってもいいって言ったんだ」
 いつの間にか、下敷きにしていたヤツの足がなくなっていた。
「俺たちだけ残されたのも、俺ら彼女いるからって言ってあったからなんだよね」
 声が段々近づいてきて、すぐ傍にしゃがんだ気配がした。
「……俺、はめられたわけ?」
「いや、まだはめてない」
「あほか」
 ヤツは茶化しながらも、声は真剣だった。俺の反応を待ってるみたいだった。
「……そこまでしたのに、俺が気づかなかったら言わないつもりだったわけ?」
 俺は顔を床に伏せたまま聞いた。
「言わないつもりだったよ……一生」
 それを聞いて、俺はまた涙が出てきた。
「俺、お前のこと可哀想だと思ってるのかな」
 俺が聞くと、俺が知るかよとヤツは笑った。
「わかんないなら……キス、してみる?」
「ぶっ……ベタ過ぎ……」
 俺は泣き笑いで答えて、顔を上げた。目が合うと、横向きの顔が降りてきて、唇が触れた。
「気持ち……悪くない?」
 表情も見えないくらい近くで聞いた声が震えていた。
「すっげ、ドキドキ……した」
 俺の声も震えていた。心臓が耳元で鳴っているように大きい音を立てていたけど、俺は手を伸ばして、躊躇するヤツの首に回した。
 それからはヤツのしたいままにさせた。
 男同士で触ったり咥えたりするのには、もっと抵抗があるのかと思っていたけど、暗かったからか、酔っていたからか、雰囲気に飲まれたのか、全然嫌だと思わなかった。それどころか気持ちよすぎて、3回もイかされてしまった上に、ヤツが悶えてるのを見て、すっごく興奮した。
 絡み合ったままコタツで寝てしまって、自分のくしゃみで起きた俺は、明るくなってから改めて現実を見たけど、恥ずかしさこそあれ、やっぱり気持ち悪いとは思わなかった。そう正直に言ったら、ヤツはバレンタインに一番いいものもらったって、今まで見たこともないような笑顔を見せた。
 実際はもう日付が変わってたから、2月15日だったんだけどさ。

 それが俺たちの始まり。1日目。


再びミツル。ですこんばんは
今日明日更新って10日の日記で言っちゃったけど、今日と明後日の更新に訂正します
というのも土曜日更新できそうにないので、
2日に1回ペースがいいかなと思って
10回程度の連載予定なので、2週間ちょっとくらいお付き合いくださいませ

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最終更新日  2008年11月12日 17時52分10秒
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