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1000days - 2 - ガタンと電車が大きく揺れて、俺は扉に押し付けられた。腕にグッと力を入れて弁当を守る。なんか段々弁当が愛しく思えてきた。 つきあい始めて3ヶ月はあっという間に過ぎた。今まで溜まっていたものを全部吐き出すみたいに、ほぼ毎日会って抱き合った。誰かに触れたり触れられたりすることが、こんなに気持ち良いものだなんて知らずにいた。恥ずかしいことをされたりさせたりすることが、こんなに興奮するものだなんて思ってもいなかった。入れたり入れられたりしなかったら意味がないと思っていたのは間違いだったって、嫌と言うほど思い知らされた。 仕事をしていても時々フッとヤツの声とか感触が蘇ってきて、ヤバイと思うこともしょっちゅうだった。 「何か俺、肉奴隷みたい」 「ぶっ」 ヤツの作った即席青椒肉絲を食べながら、俺がつぶやくと。ピーマン飛ばしやがった。肉肉言いながら、肉ばっかり選んで食ってたら、無理やり口にピーマン入れられた。口で。 「年中発情期の男同士なんだから、際限ないのもしょうがないって……まあそのうち収束するよ」 まだ食べてる途中だったのに……。自分より大人ぶった発言にムカついたから、肉奴隷にしてやるって咥えてやったら、喘ぎながらもうなってるよって言われた。なんか全然収束しそうになかった。 「いでっ」 やばい、変なこと思い出したら息子が元気になった。会社に着くまで真面目なことを考えることにする。 俺もヤツも高校2年以降は普通に彼女がいた。と言っても俺は、カラオケ行ったりプリクラ撮ったり、おこちゃまのおつきあい程度だったんだけど。ヤツは結構もてたから、大人なおつきあいしてる人もいたと思う。年上ともつきあってたし。 ゲイなのを隠すためのカモフラージュだったのかって聞いたら、俺は根っからのゲイじゃなくて育てられたゲイだから、バイなんだよって言われた。だから例の質問の答えも嘘なんかじゃなく、あの時は本当に女の子との経験はなかったんだって。男とはあったらしいんだけど、その辺は深く追求してない。 大学に入ってもヤツはもてたようで、つき合ってた人も何人かいたみたいだ。俺は彼女を作るよりコンパめぐって遊んでる方が楽しかったから、コンパニオンなんてあだ名をつけられた。 「お前、彼女できただろ」 「最近付き合い悪いし、すぐ帰るしな」 そのコンパニオンがコンパに行かなくなったら、ただのニオンだ。意味不明。まあ毎日ヤツの家に入り浸って携帯にも出なかったんだから、怪しまれるのも当然だ。 バイトがとか、車の免許がとか、なんだって言い訳できたはずなんだけど、嘘をつきなれていない俺は思わずできたって言ってしまった。 「かわいい? 胸でかい?」 「写真見せろよ」 「他の学校? どこで会ったんだよ、連れて来いよ」 あわわわわ。胸なんかない、写真もない、連れてこられるわけもない。俺はまた今度と言って逃げることしかできなかった。 帰ってこのことを言うと、ヤツは用意していた女の子の写真と携帯用画像をくれた。 「本人、事情は知ってるから、口外していいよ」 友だちの妹らしい。 「学校も違うし、友達のつてで知り合ったって言えば怪しまれないし、丁度いいだろ?」 俺は急に現実を知った気がした。 俺がバカみたいにのめり込んでいる間に、こいつはどうなるか予想して、いろいろ手を回してた。俺が男同士でもエッチってできちゃうんだなー。なんて、それしか考えてなかった間に、こいつはつきあうってことの意味とちゃんと向き合ってた。 「ごめん」 俺が神妙にかしこまっていると、ヤツは向かい合って座って俺の頭をぐしゃぐしゃっとした。それでも俺は地に足がついていなかった自分が不甲斐なくて、その日は家に帰って一晩反省した。 俺がその彼女に会ったのは、それから約2週間後のことだった。自分からちゃんとお願いしたくて、ヤツに頼んで会わせてもらった。 当然ヤツもついて来るんだとばかり思っていたら、当日急に用事が入ったとかで、2人きりで会うことになった。 「こんにちは、すぐわかりました?」 「あ、うん、写真、持ってたから」 「そっか、そうですよね」 彼女は普通に可愛いし、気さくに話してくれるし、胸もわりと大きいしモテるんだろうなと思った。こんな子を連れて帰ったりしたら、うちの母親は大喜びして、即、うちの子に。なんて言いそうだ。 「なんか、変な役頼んじゃってごめんね。彼氏に怒られそうだったら断ってくれていいから」 オープンテラスの隅っこで、俺がそう言うと、彼女は自分も訳有りだから、俺がダミーになってくれると逆に助かると言って笑ってくれた。可愛いじゃないか。こんな子にダミーを用意させるような相手はどんなやつなんだ! 腹が立ったけど、初対面の俺が立ち入ることではないので黙ってた。 俺たちはお互いの好きなものを交換したり、一緒にプリクラを撮ったり、恋人同士でしそうなメールをしあったりして予防策を講じた。俺は久しぶりに女の子と接触して、ちっちゃくってかわいいなあしみじみ思ったりしていた。背とかのことじゃなくて、なんていうか、存在自体がちっちゃいというか、自然に撫でたくなってしまう感じなのだ。普段自分よりでかいのと一緒に居るからかもしれないけど。 「あのね、変なこと、聞いていい? 男の子同士って、どうなのかなって思って」 「どうって?」 これだから俺はモテないんだ。女の子に何言わせる気なんだろうか。赤くなってうつむいたのをみて、しまったと思った。 「あー、やー、どうなんだろう……男を立てるみたいな余計な気は使わなくて良いし、んー、雰囲気読んだり作ったりしなくて良い部分もあるけど、精神面とか身体とか、やっぱ同性だと負けたら悔しいっていうところもあったり……」 俺が話してる間に、赤くなっていたのはどこへやら、彼女は完全に身を乗り出して聞いている。 「テクニックとか」 「テクニックとかも。まあ完全に俺の負けだけど」 「負けなんだ」 「負けるが勝ち」 笑いながら、聞かれるまで違いなんて全然考えていなかった自分に気がついた。 「そっかぁ、けどまあみんな悩んだりするのは一緒なんだぁ。面白かったからまた聞かせてね」 俺の答えで良かったのかわからないけど、彼女がちょっとすっきりした顔をしていたから、良いことにした。 帰って今日の出来事を話している間、ヤツはずっと床に広げた新聞を見ながら、ふーんとかへーとか言っていた。 「聞いてんのかよ」 俺が後ろから足で脇をくすぐっても、まるで汚いもを触るみたいに足を人差し指と親指で摘んで横に避けただけだった。 「彼女結構可愛かったろ?」 「うん、まあ」 「話やすいし、しっかりしてるしな」 「うん、年下なの忘れてた」 「ま、お前に比べたら誰でもしっかりしてるけどな」 俺はどういう意味だよぉと怒りながら、ヤツの丸まった背中に乗っかった。 「あいつな……不倫してんだ。兄貴が別れさせようとしてんだけど、別れようとしないんだって。若いのにさ」 心臓を打たれたかと思った。俺をダミーにしようとしている彼女と、彼女をダミーにしようとしている俺。俺たちも、不倫と変わんないって言われてるみたいだった。 「お前、好みだろ、ああいう子」 「……何?」 「胸、でかいし」 街を歩いてる時とか、雑誌見ながらふざけてどの子が好みか言い合ったりすることはあったけど、この時のヤツの声はふざけた感じじゃなかった。 「なんなの?」 俺は背中から降りて正面に回った。 「やー、お前らがつき合ったらいろいろ丸く収まるなぁと思って」 ヤツは新聞から顔を上げようとはしなかった。 「だったらお前でもいいじゃん」 「俺は、年上の方が好みだから」 俺は視界を遮るように新聞の上に座ると、両手でヤツの頬を掴んで無理やり顔を上げさせた。 「なんでさっきから俺らくっつけようとするの?」 「なんだろ、俺、ヤキモチ妬いてるのかな?」 ヘラッと笑うヤツを見て、俺はなんだか急に悲しくなった。 「俺が知るかよ」 そう言って飛びつくと、思い切り腹を噛んでやった。ヤツはイテェと叫んだだけで、抱きついた俺を剥がそうとはしなかった。 ヤツが変なことを言い出したのは、それきりだった。何であんなこと言ったのか、本当はどんな気持ちだったのか、本気でつき合えば丸く収まるなんて思っていたのか、今だに謎だ。何でもっと突っ込んで聞かなかったのか、あの時腹に噛み付いて満足してた自分を恨みたくなる。 これが大体100日目くらいの出来事。 彼女とヤツの友人である彼女の兄貴。男同士でつき合うってことの現実を見せつけられ始めていた俺にとって、自分たちのことを知る相手ができたことは、とてもありがたいことだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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