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1000days - 4 - 会社に着いた俺は、パソコンに向かって一晩で届いたメールの処理をしながら、今日やるべきことを確認する。俺だって仕事のときはちゃんと真面目にやってるんだぜ。4月に入社して7ヶ月、やっと新人君って呼ばれなくなった。 3年の秋に初めた就職活動は、2人ともそれなりに紆余曲折あったけど、4年の春にはいくつか内々定をもらえた。そういうの、ヤツは得意そうなだから心配してなかったけど、俺は結構不器用と言うか、やり方が下手だから、ちゃんと就職できるのかちょっと不安だった。だけど履歴書とか、課題とか、自分だって忙しいのに、ヤツは俺の分も添削してくれて、ふざけながらだけどいろいろアドバイスもしてくれた。本当にありがたい。 つきあいはじめたころもそうだったけど、高校時代も含めて、何をするにもヤツの方が一段高いところにいるような気がする。全体が見れてるっていうか。俺は目の前のものをこなすだけで精一杯で、いつも全力投球していて余裕がない。 何箇所か面接前で落とされて、そう言って落ち込む俺に、ヤツはハムエッグにはちみつをかけた、はちみつエッグを作ってくれた。 「一生懸命って言うのは人を感動させるんだよな。冷静に反応見てテクニック駆使されればそりゃ気持ちいいけどさ、下手なりに一生懸命されると、その姿を見てるだけでイきそうになるんだよ」 「……何の話だよ」 「フェラ………おえっ」 真面目に聞いてやっていた俺は、はちみつエッグちゃんを口に突っ込んでやった。口で。まだわからないのか、この絶妙な味わいが。 そう言ったら、塩味が足りないとか言って、体中を嘗め回された。変態め。 一応就職先を決めて、卒論に取り掛かるまでの束の間の夏休み、俺たちは2人で旅行に行くことにした。 どこに行きたい? って聞くヤツに、俺は迷わず伊勢と答えた。伊勢は修学旅行で回った場所のひとつだったからだ。修学旅行って、その時は友だちと遊ぶのに夢中だから、観光とか真面目にやってなかったりする。それに、自分でもこっぱずかしいと思うけど、あのころのヤツの恋を成就させてやりたかったっていうか、あの頃のヤツと一緒に回りたいという思いがあった。 な・の・に 「伊勢ぇ?! ずいぶん渋いところ行きたいんだな。お前のことだからミッキーミッキー言うのかと思ったのに」 「ミッキーでもいいけど……」 旅行情報系のサイト上をマウスでカチカチやりながら、ヤツが男2人で行くのもなぁとつぶやいた。 「あいつらも、誘う?」 俺は椅子に座るヤツの後頭部を見上げながら、ちょっとだけムッとした。 「誘いたいなら誘ってもいいけど……」 「なんだぁ?」 ヤツが手を止めて、椅子をクルリとまわして振り向いた。俺は胡坐をかいて、抱いたクッションに顎を乗せて、起き上がりこぼしのように自分を前後に揺ら揺らさせていた。 「お前、みんなで大騒ぎするの、好きじゃん」 ヤツは椅子から降りると、そうなんだけどさぁ。という俺の顔を、四つん這いになって下から覗いてきた。 「たまには2人もいいかなぁ、とか……」 ほぉ~。とか、へぇ~。とか言うから、俺は恥ずかしくなって、クッションを抱えたまま床に転がった。 「伊勢、結構かかるけど?」 ニヤけたまま、俺の上に乗っかって、クッションをどかす。 「時間? お金?」 「どっちも」 俺は、俺の顔中にキスをしながら答えるヤツの首に無意識に手を回しながら、少しだけ考える。 「……なあ、修学旅行っていくらくらいかかんのかな」 「小遣い抜いて12、3万じゃね?」 「そんなに?!」 「いてっ」 驚いて飛び起きたから、俺のデコがヤツのアゴにヒットした。 たしかに5泊もしたんだ。移動距離だって半端じゃない。それくらいはかかってもおかしくない。 「お前、何で知ってんの?」 ゴメンと謝ってヤツのアゴをさすってやる。ヒゲがジョリジョリする。 「親に聞いた」 「いつ?」 「そん時」 俺は絶句した。俺が修学もせず旅行だけ楽しんでいた時、こいつはちゃんと家族の負担とかも考えてたんだ。 「お前、なんでそんなに大人なの?」 「お前、なんでこんなに子どもなの」 「バカ、そこは大人だ」 いつのまにか俺のパンツに手を入れて、俺の息子ちゃんを握りながら言いやがる。 今度の旅行だって、バイトで稼いだ金で行くと言っても、結局仕送りで生活しているんだから親に出してもらっているのと何の変わりもない。 ふう。と自然にため息が出てしまう。 「で、どうする?」 ドサッとダイノジになって寝転がる俺の腹の上に、横から頭を乗せて、ヤツも同じようにダイノジになる。 「……それでも、やっぱお前と行きたいな」 迷惑? って聞くと、嬉しいよと言ってわき腹をくすぐられた。それからクルッと反転すると、俺の顔を間近でジッと見て、 「で、今夜は?」 って聞くから、泊まるよ? って言った声がちょっと拗ねたみたいになった。 久しぶりに、すっごく照れくさいキスをした。 学生の特権ということで、俺たちは平日の朝一で電車に乗った。コンビニで買ったお菓子を交換したり、ふざけたり、ちょっと眠っちゃったり。まるで修学旅行そのものだった。電車の中で誰がどうだったとか、バスガイドの話を無視しただとか、2人で話をしているとどんどん昔の記憶が引き出されて、まるですぐそこにあの頃の自分たちがいるみたいだった。 だけどヤツは、あの頃を想起させる建物や景色が増えるに従って無口になっていった。 一日かけて修学旅行のコースを追って、外宮から中宮まで見て回った。本当は月讀宮まで行く予定だったんだけど、ヤツが見るからにしんどそうだったので、早めに切り上げてチェックインすることにした。 案の定、部屋に入るなりベッドに倒れこんで、飯の時間まで寝かせてと言ってきた。比較的元気だった俺は、その間に近所の探険と露天風呂に行こうと思ったのに、布団の中に引きずり込まれて枕にされた。ヤツは暑い暑いってうなされながら、結局起きるまで離してくれなかった。 「あー、すっきりした。飯行こうぜ~」 2時間くらいで目を覚ましたヤツは、いつも通りに戻ってた。修学旅行に何か嫌な思い出があるのかなと心配していた俺はちょっとだけ安心した。 飯を食った後、夜遅くに2人で露天風呂に入った。並んで星を見上げながら、俺は何か言いたかったんだけど、今の気持ちをなんていったら説明できるか良くわからなかった。 フッと隣を見ると、ヤツは風呂の淵に腕を掛けてグハーとかじじ臭い声を出していた。チラッと下を確認したら、普通だったからなんか不思議な気がした。 「……何見みてんのよ」 見られていた。 「いや、修学旅行のとき避けられてたのは、やっぱあれかなぁ、なんて思って」 「・・・」 無言で首を絞められた。 「お客さん、危険なことはやめてください」 誰もいないことをいいことに、逃げ回って、お湯掛け合ってはしゃいだ。 「あー疲れた」 俺は淵に頭を乗せて、目を閉じた。ヤツは火照ったのか、淵に座って足だけ浸けていた。お酒を飲んだわけでもないのに、やっぱり日常とは違うからか、舞い上がったみたいに良い気分だった。 「俺さぁ、高3の時、彼女とホテル行こうってことになったんだよねぇ」 昔のこと、今なら話せるような気がして、俺は唐突かなと思ったけど、とりあえず話し始めた。 「そういうの、初めてだったから本音言うとかなりビビってたんだけど、彼女の元彼が年上だったから、何回か行ったことあるっつって、その子がいろいろやってくれたわけ」 ヤツからの反応は無かったけど、話ぶった切られなかったから、聞いてくれてるのはわかった。 「でもほら俺チキンだから、肝心な時に緊張しちゃって全然立たなくてさ、できなかったんだよねー。彼女は、その道の先輩として? 初めてなんだししょうがないよって言って慰めてくれたんだけど、やっぱちょっと情けなくてさぁ……ぶっ」 ヤツが身じろぎしたと思ったら、突然顔の上にお湯が降ってきた。手で顔を拭いて目を開けると、俺の顔の上で濡れたタオルを絞ってやがった。 「や、泣いてるかと思って」 「泣いてねェよ! ってか、泣いてたらタオルしぼんのかよ。話はこっからだぞ」 「え、これ以上に可哀想になるの?!」 わざと驚いてみせるヤツの足を引っぱって風呂に落としてやった。ざまぁ。 「お客さん、危険なことはやめてください」 「お客さん、黙って聞いてください」 ヤツは笑って続きどうぞと手を差し出した。俺はその手をバシッと叩いてから続けた。 「彼女は経験あっからって先輩ぶってたけど、自分がリードできるほどのものじゃなかったんだよ。ホテルの部屋の仕組み教えることはできてもさぁ、男を誘導する。なんて高等技じゃん。そんなんそれなりに数こなさないとできないって。それから2、3回チャレンジしたんだけど、俺はちゃんとやんなきゃって思えば思うほど上手くできなくて、彼女も自分が思ってるより上手くないってのを見せつけられたっぽくって、そりゃもう泥沼状態。結局俺がヘタレすぎるってことで、お互いの中で決着ついて、それからはずっとセックス恐怖症。そういう雰囲気になると逃げてた。コンパとか行ってその場だけで楽しくする方が気が楽でよかった」 だからさ、と言って、俺は反対向きになると、淵に腕を掛けてそこにアゴを乗せた。ヤツに顔を見られるのが恥ずかしかった。 「お前とそういう雰囲気になった時、ホントはちょっとビビってたんだ。けどお前、人の身体好き勝手弄って」 「好き勝手って」 「なんかいろいろ考える前に俺、イかされてたし。吹っ切れちゃったって言うか、しょっぱなに失敗したときの俺まで救われたっつうか、救われたっつうのは変だけど、なんつうか……ぶっ」 またタオルを絞られた。 「だから、泣いてねぇって……」 反撃しようと振り返ったら、ギュッとされた。いつ、人が入ってくるか、わかんないのに。 「……あの頃、俺に片思いしてたお前は、報われてるのかな」 「さあ、どうだろう」 普通はおかげさまでとか言うだろう。と、思ったけど、ヤツの声がちょっと嬉しそうだったから黙っておいた。 これが俺たちの後追い修学旅行。500日くらいの出来事。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年11月20日 17時44分48秒
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