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1000days - 5 - 「そろそろ飯行こうか」 12時10分。チーフが先輩と一緒に声をかけてくれた。社食組は大体メンバーが定着していて、毎日誰か彼かが声をかけてくれる。地味だけどこれは本当にありがたいことで、来年以降、後輩ができたら、俺も必ずこっちから声をかけるようにしようと思うんだ。 「あ、すみません、今日は俺、弁当なんですよ」 そう言った途端、先輩の目の色が変わった。 「何?! お前、まさか、彼女のラブラブ弁当か!」 わざとみんなにも聞こえる声で叫ぶ。 「ち、違いますよ! 地元の駅弁っす。友人が帰省していて、今朝お土産ってもらったんすよ」 慌てて紙袋を開いて、ほら。と言って、中から弁当を取り出して見せる。 「なんだ、つまんね……ん? なんか落ちたぞ?」 弁当の底にカードのようなものがついていて、床に落ちたのを先輩が拾ってくれた。 「あ、すみませ……」 そう言って先輩の手からカードを受け取ろうとした俺は固まった。 <今夜は早く帰ってきてね! あなたの好きな裸エプロンで待ってる> キスマークのイラスト付だった。 ―――あんにゃろ!! 「ち、違うんです、これは……」 必死で言い訳を考える俺の肩を叩いて、こっそりチーフが言ったセリフに、今日ほど透明人間になりたいと願ったことはなかった。 「順番だけは、間違えるなよ」 間違えようが、ねぇよ。 高校時代、ヤツは俺と違って、こんな悪ふざけをするようなやつじゃなかった。少なくても俺の前では。ヤツが変わったのは、アニキの影響が大きいんじゃないかと思う。 アニキはヤツの大学の一個上の先輩で、ヤツとはサークルで知り合ったらしい。 「俺はパイはデカい方が好きだ。あ、それポン」 「うわ、とばされた」 アニキが向かいに座るヤツの捨て牌をポンしたから、意気込んでる俺の番が一回飛ばされた。 「あ、お前デカいアガリ狙ってやがるなこのやろう」 「俺もどっちかっつうとデカい方が好きなんで」 「……お前ら何の話してんだよ」 俺たちは4人でよく麻雀する。でも俺はこの会話でもわかるようにあんまし上手くない。アニキとヤツが上位争いしてて、俺と彼女がのんびりついて行く感じだ。 「こいつは逆に細くて儚い感じの女が好きな」 アニキがタバコを挟んだ指でヤツを指した。 「ああ、そういえば高校のときから連れて歩く子は細い子が多かったっすね」 「だからいいのよ。コンパ被っても好み被んないから、あ・ん・し・ん」 ねー。とヤツに向かって首を突き出す。 「あんたの趣味が悪いだけでしょ。ほら、あんたの番だよ」 「かー、子憎たらしい子。ケッ、お前は胸ないんだから、この子の良い趣味から言ったら失格ー。ざまぁ」 「ロン」 俺の肩を抱きながら捨てたアニキの牌でヤツが上がった。 「えー! 肩抱いたからってヤキモチなのね?! そうなのね?! リーチなしってお前どんだけ! ぐあ、俺どんだけとか言った、なんか負けた気分」 「負けたんだよ」 点棒を数えながらヤツがしれっと言った。 「お兄ちゃん、ちょっとうるさすぎ。近所迷惑」 彼女も点棒を並べて真剣に自分の点数を数える。 「ごめんな、胸ないからこいつの好みじゃないし、細くないからあれの好みでもないけど、お兄ちゃんバカな子が好きだから」 「私バカも好きじゃないから、お兄ちゃん誰の好みでもないじゃん」 「あー、泣いちゃった」 俺らはいつもこんな感じでふざけてばっかりいる。俺は、ヤツとの関係を隠さなくても良い、だからって変に気遣うわけでもなく、女の話もしちゃうアニキが好きだ。妹の前でもそういう話をしちゃうのはどうかと思うけど、彼女も全然気にはしてないみたいだ。 「ビリッケツは罰ゲームとして酒、買ってきます」 「あ、俺もタバコ買って来よう」 俺が立ち上がると、アニキも立ち上がって咥えていたタバコを灰皿に押し付けた。 「じゃああたし何か作ろう」 「俺は?」 「「「片付け」」」 はいはい。と、駄洒落を言いながら牌を片付け始めるヤツに笑って、アニキと2人で部屋を出る。 「あいつがあんなに明るくなったは、アニキの影響だと思う」 一番近いコンビニまで2人並んで歩きながら、街灯の光で照らされた夜空を見上げ、目を凝らして星を探す。 え、どの明かり? なんて言いながら、アニキも空を見上げた。アニキは褒められるのが苦手だ。すぐに茶化す。俺もだけど。 「高校時代はあんなにしゃべるやつじゃなかったんだ」 「大学時代もしゃべるやつじゃなかったぜ」 視線を空からアニキに移すと、アニキは空を見上げたままフッと笑った。 「あいつが今くらいアホな言動するやつだったら、あの頃もモテなかったんだけどなぁ、無口で余計なことしなかったもんだから、女取っかえ引っかえでよ、全く嫌なやつだった」 首を左右に曲げてコキコキッと2回鳴らす。 「……けどいつもどこか上の空で、連れてる女のことはまるで見てねぇんだ。だから冗談で、お前本当は女に興味ねぇんじゃねぇの? って言ってやっら、実はそうなんだって言って笑いやがった」 コンビニの前で足を止め、アニキが目を細めた。俺はその表情を一瞬だけ、自動ドア越しに掠め見た。 「あの頃は、ただ誰かを傍に置きたかっただけなんだと思うぜ。俺とつるむようになってから、彼女らしい彼女がいるところを見たことねぇし」 入口でカゴを取って酒コーナーに真っ直ぐ向かう。途中、ヒョイッと顔を曲げて俺の顔を見た。何? と聞くと、すぐに何でもね。と言って、いつものビールを5、6本カゴに放り込んだ。 後で気づいたんだけど、たぶん、俺が不機嫌になってないか確認したんだと思う。別に俺はヤツの過去話を聞いたからって嫉妬したりはしないし、ヤツだって俺の彼女の話聞いたところで何とも思わないと思う。わざわざ聞いてきたりもしないけど。 「何が言いてェかっつうと、お前と再会するまで、俺の傍に居たって、あいつは別に面白くもなかったし、むしろ抜けがらみたいにぼけらっとしてたってこと」 お前らいいコンビだよと言って、自分のお気に入りチューハイの500ml缶を取る俺の背中をカゴでどついた。 コンビ、ね……男同士って、恋人なのか友人なのか、その辺の境目がときどきわからなくなる。エッチするかどうかは置いといて。 「アニキは彼女、作らないの?」 後ろの棚からガムを取って、レジ台の上に追加しながら聞いてみた。女女言う割りに、アニキの周りには女っ気がない。 「あ、お兄さん、タバコの10番と、デカパイの彼女追加ね」 「すみません、デカパイはあいにく切らしております」 レジのバイトくんはノリが良かった。 釣りはいらない。と、ちょうど払って、追加しとけよ。と捨て台詞を吐きながらコンビニを後にした。 アニキはこんな感じで調子いいから、コンパでも結構モテる。彼女作らないのは、たぶん、妹のことが心配で他の子にまで気を回せないからなんだと思う。 「……アニキさぁ、妹が彼氏と別れて俺とつきあったら、丸くおさまると思う?」 「なんだそりゃ」 コカコーラしかなかったコンビニの帰り、ペプシ派のアニキのために自販機に寄り道をした。 「あいつが、一回だけそんなようなこと言った」 2回連続でボタンを押してしまい、重ねて落ちたペットボトルを取り出すのに苦労しながら、アニキは、はぁ~ん? と胡散臭そうな声を出した。 「あいつも素直じゃねぇからなぁ」 そうつぶやいて、先に救い出したペットボトルを俺に手渡す。俺は首を突き出すようにして、形だけの礼をした。 「なんか、あいつ、時々変なこと言う」 俺は携帯のスポットライトで取り出し口の辺りを照らしてやりながら、初めてアニキに弱音を吐いた。 嫉妬とか、そういうんじゃないと思う。ただ、ヤツがよくわからないことを言い出すときは、背後に誰かの影が見え隠れしている気がする。ヤツの中で、何かが消化し切れてないんじゃないかという気がしていた。まあ、だからって、何があったか知ったところで、俺にどうこうしてやれるわけでもないんだけどさ。 「……俺は女だって普通に抱けるのに、好きなのも嫌いなのも男なんです」 2つめのペットボトルをようやく取り出して、アニキが、左耳の耳たぶを引っぱってヤツの真似をした。 「何? それ」 携帯をポケットに閉まってから、ペットボトルの蓋を開ける。プシュッと音を立てて溢れそうになる泡を、慌てて口で受けた。 「いつだったか、あいつが言ったの」 「またわけわかんない」 俺はちょっとイラッと来て、手にかかった炭酸を乱暴に振って飛ばした。 「肝心なことは何も言わないくせに、ポロッとこぼさずにはいられない辺り、あいつも子どもだよな」 アニキの手が俺の頭をポンポンと叩いたのに、俺はいつもみたいに上手く冗談が言えなかった。 ―――嫌いって、なんだよ……好きとどっちがでかいんだろ 本気でそんなこと考えたわけじゃなかった。だけど喉の奥に何かが刺さった気がして、流し込もうと一気に煽った炭酸が、ツーンと鼻を刺激した。 それが、俺の22歳の初日。俺たちの600日目。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年11月22日 14時36分24秒
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