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1000days - 7 - 今日は特に重たい仕事とかもないから、何もなければ定時で帰れそうだった。だけど先輩がなぜかやたらと仕事を振って来る。 理由はわかってる。今夜は早く帰って来てね! のせいだ……。 「センパイ、今日は俺、ノー残業デーですけど」 横に置かれた打ち込み用書類は、どう見積もってもあと2時間では終わりそうになかった。 「いやいやいや、若い君ならこれくらい終わらせられるだろう」 たった2個上の先輩は、そう言って隣の席からこっちを向いてニヤついた。うわっ。 「センパイ、俺に彼女いるからってひがまないで下さい」 俺は極めて真面目な顔をして言った。 「何を言ってるんだ、俺はお前のことを思ってだな……」 昔の熱血ドラマみたいに、両手で俺の肩をポンポンと叩く。この人、ノリはいいんだけど、ちょっと持て余し気味というか、ギャグのベクトル間違えててときどきウザいんだよね。ま、顔には出さないけど。大人だから。 「恥ずかしいんでみんなには言ってなかったですけど、俺、5ヶ月前に別れてるんですよね」 俺は先輩に顔を近づけると、声をひそませた。先輩は一瞬素の顔に戻ってびっくりすると、瞳を左右に2、3回泳がせてから、ガバッと急に打ち込み用書類を半分くらい掴んで自分の机の上に移動させた。動きが、なんかちょっと、オタク臭い。 「しかたないなぁ、半分俺が受け持ってやるよ。傷心祝いだ」 チラリと俺の携帯に向けた視線が、振られた彼女を待ち受けにする、痛すぎる男に対する優越感を滲ませていた。俺はそれを見て内心ニヤリとする。 「あざっす。4ヶ月前に寄りは戻しましたけど」 最後の一言は小さな声で付け足した。先輩は怪訝そうに目を細めて、それからポカリと俺の頭を叩くと半分の半分を俺に戻した。 「ひひ」 俺が笑うと、残りの4分の1も戻しそうになったから、傷心祝いなんて上手いこと言いますよね! と褒めておいた。ひひ。と真似して笑う先輩はやっぱりちょっとウザかった。 「私、普通の彼氏ができた」 「普通ってなんじゃ」 就職して一ヵ月半、ようやく自分の生活スタイルも少し定まってきて、久しぶりに4人でヤツの家で会うことになった金曜日の夜。改札を抜けて地上に出たところで彼女が待ち伏せしていた。 半年前まで彼女は、いわゆる人の道に背く恋というものをしていた。けど結局クリスマスに1人で決着つけて、1人で立ち直った。しばらく男は要らないって言って、俺たちとずっとつるんでたんだけど、どうやら本当に立ち直ったみたいだ。よかった。 「先に報告しておこうと思って。なんせあたしの彼氏だし」 そう言って彼女は笑った。就職してからも、一応彼女は俺の彼女ってことで利用させてもらってた。環境が変わると誘われることも増えるし、彼女いるってことにしておいた方がいろいろ面倒臭いことすっとばせるから。ドジッ子な俺のボロも減る。 「じゃあお別れだね」 俺はヤツの家の方に向かって歩き出しながら、ポケットから携帯を取り出して見せた。 「え、それはいいよ、彼女の振りはいつでもするよ」 彼女は顔の前で手を横に振ったけど、俺は無視して続きを話した。 「どうしてこうなっちゃったかな、俺たち」 携帯をパチンと閉じて、空を見上げる。 「いや、だから……」 「やっぱ学生と社会人との壁は大きいのかな……俺、就職したてで必死だったし、だんだんかまってあげられなくなっちゃって」 「聞いてないよ、この人」 彼女が苦笑したけど、俺はここで噴き出したら負けだと思って、頑張って悲しい顔して話し続けた。 「そのうち君は合コンとか行く回数も増えて、気づいたら横に俺とは別の男がいた」 「仕方がないじゃない、あなたのこと他に相談できる人がいなかったのよ」 彼女がしょうがないなぁって感じで、棒読み的なセリフを吐いた。 「男じゃなくてもいいだろう!」 「声でけえよ!」 すれ違ったカップルに驚かれて、彼女に蹴られた。そのくせ、 「彼氏に100%尽くすような女に、女友だちなんてできないわよ……私がどれだけ寂しかったかなんて、あなたにわかるはずなんてない」 なんて小さい声で続けた。おかげで俺はまた噴きそうになったのを堪えた。なんだかんだ言ってノリノリだよ。 「あいつならわかるっていうのか」 「少なくとも、あなたよりはね……」 彼女がすっかり憎しみに変わった視線を俺に送る。俺は…… 「なにやってんの、さっきから」 しんみりしたまま振り返ると、コンビニの袋を提げたヤツが後ろに立っていた。本当は俺を迎えに来たのかもしれない。 「ベタ劇場『お前に100%』どう?」 「恥」 切って捨てられた。 あまりにひどいので、 「この人いっつもこうやって私をバカにするのよ。ひどいでしょ?」 って、おねえ言葉で女子高生2人組に話しかけたら、ヤツに首根っこ掴まれた。 「ごめんね、こいつ本当のバカだから気にしないで」 「おバカに100%」 クスクス笑いながら駅に向かう女子高生にバイバイと手を振ると、彼女が堪らず噴き出した。 「ホント、あんたたち、見てて飽きないわ」 仲良くていいねって言うから、お前らも仲良いんだろ? って聞いたら、これから仲良くなるんだよって笑って返された。 ヤツが無言で何の話? て顔したから、彼氏ができたんだってって笑って返した。 「この半年、ずっと、あんたたちがナチュラルにいちゃついてるの見せつけられてて、私も彼氏欲しい! って思っちゃったんだなぁ。自分はそんな女じゃないって思ってたけど、実はそういうの求めてたみたいなんだわ……だから今の彼氏とは、街中でも人前でもいちゃつくって決めたの」 嬉しそうな彼女を見て、ヤツも嬉しそうだったから、俺もやっぱり嬉しかった。 俺はそんなつもりは全くなかったんだけど、彼女曰く、つきあってるって知ってて見ると、あからさまにいちゃついてるらしい。 「ハンバーグの上にハニーエッグちゃん乗ってるのが食べたくなってきたぁ」 Wii Fitのバランスゲームに全力投球した俺は、コントローラーをアニキに渡してバタンとクッションの上に倒れこんだ。 「何? ハニーエッグちゃんって。簡単にできるなら、私作ろっか?」 「単に目玉焼きに……」 彼女の言葉に、アニキの後ろで眠たそうにしているヤツがあっさりゲロしようとする。 「すげー難しい! こいつにしか作れない!!」 俺はクッションの上にうつ伏せになったまま、ヤツを指差して、足をばたばたさせた。 「うわー、面倒臭ェ」 ヤツはあからさまに嫌な顔をすると、あーあ。と言いながらしぶしぶ立って寄って来て、バタバタと暴れる俺のケツの上に座った。 「作ったら代わりに何してくれんの?」 「俺に作って上げられる喜びをやる」 ヤツは俺の頭をバシンと叩くと、その手で、俺のショートパンツの脇から中に手を突っ込んで、ギューッと玉を握った。 「ロープ、ロープ。潰れる! 潰れる! ローブローは世界生物保護法で禁止されてます!」 「この手で作ってやるからな、食えよ」 ヤツが笑いながら立ち上がって、その手のままキッチンに向かう。 「なるほど、ハニーのエッグ(玉)触った手で作るからハニーエッグ……ってちがーう。ちゃんとキレイキレイして」 慌てて追いかける俺を見て、彼女はちょっとうらやましくなったそうで……。 「人前で玉握られるのが、うらやましいですか?」 「ち・が・う! そういうことじゃなくて、自然に触れ合ったり我儘言ったりしても良いって言う許可、みたいなものがあるってことが」 「はあ、なるほど」 俺は、俺と彼女の後ろを歩くヤツを振り返って、筋肉を確かめるみたいにその腕をペトペトと触ってみた。 「やめろって」 笑って振り払われた。でも確かにこんなマネ、彼女にはできない。アニキにもしない。その前にさせてもらえないと思うけど。 結局ヤツはちゃんとハニーエッグのせハンバーグを作ってくれたんだけど、ハニーエッグはやっぱりみんなにも不評だった。ハンバーグにはちみつかかってるのが、さらに最悪とまで言われた。 その夜、俺の玉舐めながら、ハニーエッグハニーエッグ。って連呼するヤツに、ハニーエッグは不味いんだろ。って俺が言って、ケンカっぽくなった。その後ヤツが謝って、自分のにはちみつかけて舐めてって言って、変な気分になったって話はさすがに彼女には言えない。 他にもこんなことがあったらしい。 丁度クリスマスの前、4人で体鍛えるのがブームになったときがあって、Wii Fitもそのとき買った。 「お前ら来週どうすんの」 太陽のポーズにふらつきながら、アニキが言った。 「来週?」 説明書を寝転んで読みながら俺が聞き返すと、クリスマスと唇だけが動いた。 「あたし、デートだから」 彼女が俺から本を奪って、アニキから顔が見えないようにしてそれを開いた。 「デートってお前……」 彼女の彼には奥さんがいる。子どももいるらしい。クリスマスに彼女になんか、会えるはずないんだ。それをアニキは知ってるから、わざと俺たちに声をかけたんだと思う。 彼女はそんなアニキの心配に知らん振りを決め込んでいる。彼女だってアニキの気持ちは充分わかってはいるんだと思う。 「クリスマスかぁ……クリスマスと言えばケンタだよな」 俺がせっかく話題を変えようと話を振ったのに、 「そうかぁ?」 床でアニキのまねして太陽のポーズを練習するヤツは、気のない返事を返してきた。こいつは練習しないと本番には挑まない。恥をかきたくないと思ってる嫌な野郎だ。 「ケンタ、ケンタ。パパ、ケンタ買って~」 ちょっとムカついたので、足に絡んで倒してやった。 「うわ、うざっ。混むのにわざわざ……それに……」 ヤツはそう言って身体を捻って、足にまとわりつく俺の服を上から捲くると、腹の肉をプニプニと摘んだ。 「これ以上プニプニしたら食うよ」 「してないじゃん!」 俺は立ち上がって自分の腹の肉を摘まんでみる……ちょっと摘めた。 「ちくしょう、何がケンタだ。何がケーキだ。このままでは食うどころか食われてしまう。クリスマスは諸人挙りてダイエットだ!」 「……どっちにしろ食うけどね」 ファイティングポーズを取る俺に、ヤツがボソッと変なこと言うから、俺は思わずアニキに突っ込んで行って、ゲームに夢中になっていたアニキにど突かれた。 「……今の、どこがうらやましかったかな……腹がプニプニなとこ?」 「ち・が・い・ま・す! クリスマスが2人にとって特別じゃないってことが」 彼女は俺の鼻を摘んでグリグリした。 「彼からのドタキャンの電話受けながら、ふっとあんたたちの顔が浮かんだんだよね。今頃、クリスマスだからって別に何するでもなく、いつも通りコントしながら、結局ケンタとか買ってるんだろうなぁとか思ったら、お兄ちゃんの腕振り切ってまで、私何やってんだろうって思えた。クリスマスは特別だと思って必死になってる自分がかわいそうになっちゃってさ。彼の言い訳最後まで聞かずに、バイバイって電話切った」 だから悪循環を断ち切れたのも、今の彼に素直に甘えようって思えるのも、全部あなたたちがバカなおかげ。と、彼女が少し照れながら、明後日の方向を見て言ったから、俺たちは顔を見合わせてちょっと笑った。 「今度、そいつも連れて来いよ」 「いいけど、変なことしないでよ」 「なんだよ、変なことって」 「ちょっとー、あんたたちー。お兄さんおなかと背中がくっつくわよー」 3人でマンションの前でふざけ合ってたら、ヤツの部屋の窓からアニキが顔を覗かせた。 「俺も腹減ったー」 アニキに手を振りながら、エントランスに飛び込む。 スーツがちょっと邪魔臭くなってきた、入梅直前の夕暮れ時。こんな平和な時がいつまでも続いたらいいのになぁとおセンチになった830日くらいの出来事。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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