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KAY←O -ノックアウト-

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1000days
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 朝ヤツから弁当を受け取った駅から、彼女とコントをした道を足早にヤツの部屋に向かって歩く。定時に引き上げたというのに、辺りはもう既に真っ暗で、確実に冬に近づいているんだってことを知らされる。
 エントランスを抜け、ヤツの部屋の前に立ったけど、俺の動きはそこで止まった。いつもなら、合鍵使って勝手に開けて入るんだけど、今日はちょっと躊躇してる。何度も言ったけど、俺たちは、特に俺は、イベントごとに疎い。ヤツは、お祝いな。って言った。こういうときは、やっぱいろいろ準備してるから、気を利かせてチャイム鳴らしたりした方がいいんだろうか。
「ゴン」
 グルグルしてたらドアが開いて、額に当たった……お約束。
「窓から姿が見えたのに帰ってこないから、どっかでコケたかなと思って」
「……出だしでコケました」

 ヤツは笑って、それから、おかえり。と言った。俺はヤツが支えてくれているドアを引き取りながら、ただいま。って返した。玄関で出迎えられるなんて久しぶりだったから、ちょっとだけ照れくさかった。
 何があるのかと気負って帰ってきたけど、ヤツは全くいつも通りな感じで、しっかり働いてきたかー? とか聞いてくる。まあ、いきなり玄関で重大な話、したりはしないと思うけど、あんまり悪い話はなさそうなので、気づかれないよう小さく息を吐き出した。
「ご飯にする? それともお風呂? それとも……」
「おい、裸エプロンはどうした」
 ヤツの定番のギャグで、俺は昼間かかされた恥を思い出した。靴を脱いで部屋に挙ると、前を歩くヤツの膝の裏を、後ろから膝で突いてカックンしてやった。
「あ、見つけた?」
 カクンとひっかかったくせに、振り向いて嬉しそうに笑う。
「センパイがな!」
 俺がよっぽど嫌そうな顔をしたんだろう、ヤツは何が起きたのか大体察したらしく、俺の顔指差して腹抱えて笑いやがった。にゃろめ。

 先にお風呂して、湯気をホコホコさせながら出ると、俺の大好きなハニーエッグのせハンバーグが用意されていた。
「やっほーい。れり尽くせりだー」
 両手をあげて、小躍りしてから定位置に座ると、ヤツが、コーンスープを目の前に置いて、俺の口にチュッとしてから自分の席についた。
 何、今の……。
 いただきますと手を合わせて、何事もなかったかのように食べ始めるヤツを見つめたまま、俺はしばらく惚けていた。
 確かにこいつは、たまにびっくりするようなクサいことも言ったりするけど、いつもどこかふざけた感じで、冗談の延長線上にあるようなもんだった。だけど今のチューは違った。軽かったけどふざけてなかった。
「あの、さ……」
 俺の問いかけに、ん? とヤツが顔を上げる。なんか、ん。まで、今までと違うような気がして、俺は自分の顔が熱くなった気がした。
「や……ハンバーグ、うめぇ」
「……まだ食ってないじゃん」
 箸で指された俺のハンバーグは、奇麗なカタチを保っていた。
「……匂いが」
「匂いを褒めて頂き、ありがとうございます。食え」
 俺は笑ってごまかすと、とりあえず食うことに集中した。ときどき、ヤツの視線を感じて顔が上げられなくなったけど、ヤツの作ったハニーエッグのせハンバーグは最高に美味かった。
 安いけどちゃんとしたシャンパンを開けて、フワフワになった俺は、ご機嫌で鼻歌を歌いながら床にゴロゴロと転がっていた。ヤツも同じくらい飲んだはずなのに、余裕で俺を見下ろして笑うと、鼻歌に適当に合いの手を入れながら、俺の上に乗っかってきた。それから俺のまぶたとか前髪とか耳とか触って、最後に唇を指でなぞると、俺が歌うのをやめたの確認して、そこにキスをした。
「なんか今日は違うよね」
 今朝から見え隠れする不安を酔いに溶かして、半分しか開かない目でヤツを見上げた。ヤツは額を俺の額につけて目を閉じ、しばらく俺の顔を黙って触ってた。
「……俺な、実はずっと、お前の気持ち疑ってたんだ」
 目を開けて、ヤツの顔を見ようとしたんだけど、近すぎて、見えなかった。
「気持ち?」
 ヤツがどんな思いで言ってるのか、顔が見えないからわからなくて、急に怖くなった。背後から何かが音を立てずに近づいてきているような、そんな感じに襲われた。
「何の? 俺なんかした?」
 ちょっとパニックみたいになってる俺をヤツはギュッて抱きしめたんだけど、俺は顔が見えない方が不安で、思わず突き放した。
「何なの、朝から。言いたいことあるならはっきり言えよ」
 立ち上がろうとしたけど、酔った上に頭に血がのぼったせいでふらついた。ヤツはちゃんと話すよって言って、俺の前に座り直した。 
「……俺ね、高校のときからお前のこと、密かにずっと好きで。でもつきあえるなんて思ってなかったから、お前がそばにいることが半分夢じゃないかって思ってた……やっぱなかったことにしようって言われるのは、明日か? 明後日か? って、心のどこかでずっと怯えてた」
「俺が、お前のこと好きだってちゃんと言わなかったから?」
「違うよ、たぶん。問題はきっと俺にあるんだ」
 ヤツは俺の横にゴロリと寝そべると、俺の手をそっと取って引っ張った。しょうがないので、俺もヤツの横に寝転がると、顔を隠されるのが嫌だったから、握られてない方の手でヤツの前髪をあげた。
「前に初エッチの話ししてくれたじゃん、お前。俺の初めては……姉貴の彼氏だった。中学に入ったばっかの頃」
 ヤツはちゃんと俺の顔見ながら言った。俺は何か言おうかと思ったんだけど、ヤツの顔が穏やかだったから、とりあえず何も言わず黙って聞いた。
「したっつっても、『もう下の毛生えたかー、見せてみろよー』みたいな流れで触られたりしてさ、ひとりですらろくにしてなかったから、もう何がなんだか」
「嫌……じゃなかったの?」
 普段言いたいことをずけずけ言うくせに、今は、何を聞いていいのか、何はダメなのか、すごく考えちゃってる自分がいた。
「わかんないかもしんないけど、俺はずっと、3つ年上のその人に、弟みたいに可愛がってもらってて、だから、抵抗するとかそんなこと、考えにも及ばなかったっていうか。その頃、もうその行為の意味はわかってたけど、あまりにあっさりと自分の身に起こったから、あーなんか遊びの一環なのかもーくらいに思ってた」
 ヤツはつないでいない方の手を自分の頭の下に敷いて、枕にした。俺はなぜか、触れ合った手の平をひどく意識していた。
「……気持ちとかは、全然なかったんだ。ただ、俺は、その行為に夢中になってた。サルみたいに。溺れてたの……始めの頃のお前みたいに」
 俺は急に俺のこと出されて、咄嗟に言葉が出なかった。
「……俺、え? 俺サル? や、でも俺……」
 ヤツは起き上がろうとした俺を制した。
「わかってる、今は。お前は俺とは違う……まあサルなのは間違いないけど。けど俺は、お前のこと見て、あの頃の自分を思い出したんだ」
「きー」
 俺は顎に手をやってサルのまねをしてみたけど、今の衝撃で、ちょっと酔いが醒めた。つまりこいつは、俺の反応が昔の自分に似てたから、俺も気もち良いってだけでやってるって疑ってたわけだ。
「俺が、ちゃんと好きだって言ってても、信じてなかった?」
 ごめん。って言って、ヤツは横向いて俺を抱きしめた。どんな顔してるのか、見たかったけど、ヤツはしばらく俺を離そうとはしてくれなかった。
「信じてなかったって言うより、信じられなかった。信じることができなかったんだ……だから、俺……その人は、高校卒業して、働いて、姉貴と結婚したんだけど……それからも、ずっと会ってた」
「ずっと……って……?」
 ヤツの腕に押し付けた自分の目が吊り上がった気がした。後頭部からキーンと何かが響いて耳が熱い。
「お前と……つきあってからも……」
「ッ!!」
 俺は暴れた。自分でもびっくりするくらいショックを受けていた。
「怖かったんだ! 明日お前が自分の勘違いに気づくんじゃないかって、毎日考えてた」
「勘違いってなんだよ! 勝手なこと言いやがって!」
 ヤツは俺の蹴りを顔で受けても、俺から離れようとしなかった。
 俺は悔しかった。そんなことを考えていたヤツが、そう思わせていた自分が、それにまるで気づかなかったことが。悔しくてたまらなかった。なのに、前にもこんなことあったな。なんて、冷静に考えている自分もいておかしかった。
 両腕を押さえつけられて、身体に体重をかけられて、唯一自由になる口でヤツの腕に噛み付いてやった。
「すぐ噛む……気持ち良いからいいけど」
「な! Mめ……」
 俺が暴れるのをやめて睨みつけると、泣きそうな顔で鼻の頭にキスされた。俺は寝転がってると、気持ち的に上手く怒れないんだということに気がついた。ちくしょう。本当ならギッタンギッタンにしてやるのに。
「……最近は、会ってなかったんだよ。って言うか、会わないように逃げ回ってた。会ったらまた、保険かけるみたいにして、楽な方に流されると思ったから」
 実家に帰ろうとしなかったのは、それでか……。
「嵌ってるうちは夢見てるみたいでいいけど、現実に立ち返ったときに、俺とつきあったこと、後悔するんじゃないかと思って。後悔するお前見るの、堪えられないなって思って」
「……お前は現実に立ち返って後悔してんのか、その人と会ったこと」
 ヤツは一瞬動きを止めて、それから俺の上から退いて床に身体を投げ出すと、腕で顔を覆って、わかんねぇ。とつぶやいた。
「もし……もしも、いつか、さよならってなって、後悔するかもしれないけど、わかんねぇんだよ。今そんなこと」
 俺がヤツのわき腹を蹴ると、小さく、うん。って言った。
「今日さ、1000日目なんだよ」
 しばらくして、わき腹を押さえたまま、こっちを向いた。
「わかってるよ。朝お前が言ったんだろ」
「俺、そんなことばっか考えながら、お前と1000日過ごしちゃった」
「やっぱバカだな」
「やっぱってなんだよ」
 俺はヤツに抱きついて、バカはほっとけないな。って言った。
「うん」
 ヤツは嬉しそうに、俺が「ぐえっ」て言うまでギューってした。
「1000日経つんだって気づいた時、俺すげー嬉しかったんだ。急に自信が沸いたっていうか、軽い気持ちで1000日も一緒にいられないよな」
「だからそう言ってんじゃん」
「うん」
「ぐえっ」
 今度は首絞められた。
「なんで?!」
「生意気だったから」
 笑ってちゃんとギューってした。
「思い立ったが吉日。だと思って、有給取って、実家帰って、決着つけてきた。あいつにもう卒業するよって言ってきた」
「卒業って……アイドル気取りはこれだから困る」
「お前専属のアイドル」
「あれ、なんか寒い。どこからか寒い空気が流れてくるみたいだけど、どっからだろ」
 原因を突き止めようと、キョロキョロしてみたら、恥ずかしさに耐え切れなくなったヤツが謝った。
「ごめん。俺が何か間違えた」
 たまにはそうやって素直に謝った方がいいよ。って言ったら、鼻を摘まれてグリグリされた。
「でも真面目な話、お前がまだ俺と一緒にいたいって思ってくれてるとしたら、いつかさよならってなるかもしれないけど、それまでは、お前といる時間、ちゃんと大事にしたいって思った」
「うん」
 俺は顔を上げて、そしてヤツにチュってした。ちゃんと好きだよって言ったら、切ない顔して本気のキスを返された。
 俺は俺だし、ヤツはヤツだけど、昨日と今日で確実に何かが変わったと思う。
 ヤツは今までと同じようにふざけたり茶化したりしてくるけど、今までみたいに、気持ちをごまかすために言ってるのとは違った。
「なあ、スーツにかけていい?」
 嘘やごまかしは極力なしで行こう。って言ったら、いきなり本心出してきやがった。
「へんたい!」
 俺はニコニコと満面の笑みで俺を見下ろしてくるヤツを全力で殴った。全開のヤツは本当に扱いに困るよ……やれやれ

 これが俺らの1000日目……たけど、やっと1日目。な気がする。

■おしまい■





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最終更新日  2008年11月30日 16時58分59秒
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